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【河村直哉の時事論】「心の傷を癒すということ」敬意を表する

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精神科医の安克昌氏
精神科医の安克昌氏

 敬意を表したい。NHK土曜ドラマ「心の傷を癒(いや)すということ」(1月18日~2月8日)の制作スタッフ、俳優のみなさん、脚本、音楽を書かれた方、ほか、かかわられたすべての方々に対してである。素晴らしい映像作品が誕生した。

■命の通った人物造形

 平成7年の阪神大震災で被災地の精神医療に奔走し、日本における「心のケア」の先駆けをなした実在の精神科医、故・安克昌(あん・かつまさ)さんをモデルにしたフィクションである。大震災当時、神戸大学医学部の助手だった。

 柄本佑(たすく)さんが主人公の安和隆を、尾野真千子さんが妻の終子を演じた。柄本さんの役作りは、ほとんど入神の技といっていい次元に入っていたのではないかと思う。

 髪形や外見も実在の安医師に似せていたのだが、それだけではない。優しくて控えめで、かつ芯のある性格も描かれていた。単に似せていたというと適切ではない。柄本さんやスタッフは実在の安医師におそらく深い敬意と愛情を持ち、ひたむきに研究しながら、安和隆という命の通った人物を造形した。

 これまでも書いてきたことであるが、筆者は実在の安医師を知っている。阪神大震災前から面識があり、地震の直後から産経新聞で精神的な問題について報告する「被災地のカルテ」という連載を始めてもらった。連載をもとにした本「心の傷を癒すということ」で平成8年に安医師はサントリー学芸賞を受賞し、さらに多忙になった。12年、3人目の子供が生まれた直後、がんのため39歳で彼は亡くなった。いまなお悲しい記憶である。

 ドラマの制作に筆者は当然ながらかかわっていない。だが何人かのスタッフとお会いし、撮影現場を見学させてもらって、いいドラマになるだろうという思いが深まった。安医師への敬意、残されたご家族へのいたわりが満ちていた。撮影現場にはいとおしいほど優しい空気があった。

■絶賛の声

 その優しい空気が、映像にもあふれていた。第1話の冒頭、実写による追悼の場面に続いて、主人公がピアノを弾くシーンが流れる。主人公は車いすに座っている。つまり病が分かった後の悲しい状況である。最終話でもこのシーンは出てくる。制作側は主人公を、明るく柔らかい光で包むように描いた。

 そこで流れる世武裕子さんによる音楽の、なんと優しいなぐさめに満ちていることか。ドラマで使われた音楽は、現代的なセンスにも満ちていながらどこまでも優しかった。

 あるいは第2話、阪神大震災が起こり、両親を火災で失った男性が遺骨のどちらが父親でどちらが母親かを見てほしい、と主人公の友人の医師に頼むシーン。男性はやはり光で包まれている。

 つまり作り手は、つらく悲しい体験をも描きながら、どこかで劇中の人物、さらに劇を見る視聴者に優しさを届けようとしている。思いやろうとしている。作り手のそんな思いが画面の隅々から伝わってきた。

 作品の主な舞台は大震災前後何年かの神戸である。しかし阪神大震災だけを主題にしたものではない。実在の安医師は震災の前から、幼児期の虐待などに由来する多重人格の臨床と理論に取り組んでいた。心的外傷への理解が蓄積されていた。その安医師が阪神大震災に遭遇して、被災者の傷付いた心に向き合っていったのは、必然的なことでもあった。だが安医師の視線は、あらゆる心的外傷体験とその癒しに向けられていた。

 ドラマはだから、東日本大震災も、多重人格で苦しむ女性も描く。実際の安医師、そしてこのドラマが取り組んだのは、普遍的な「心の傷と癒し」というテーマである。

 そんな作品だから、視聴者から絶賛の声が相次いだのも当然だっただろう。ツイッターには共感のコメントが次々と書き込まれた。障害のある方、心療内科に行かれている方のものもあった。だれもが心に傷付きを抱えている。安医師、そしてドラマ「心の傷を癒すということ」のまなざしは、傷付いたすべての人に向けられている。傷付いた人をいたわり、癒そうとしている。

 作り手に若い世代が多かった意義も大きい。第2話、避難所のシーンでは多くのエキストラを募った。実際に阪神大震災を経験された方もいたという。若い世代は、25年前の震災をひたむきに追体験しようとしたのではないか。その思いが作品に高貴な厳粛さをもたらした。

 このドラマでなされたことの一つは、死者を保ち守るということである。筆者にとってはそれが保守ということの真の意義である。だがそれについては1月15日の当欄で書いた。繰り返さない。名作が生まれたことを、いまはただ喜びたい。

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