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【正論3月号】わが家を襲った「8050問題」 元農水次官の事件に何を学ぶか 産経新聞WEB編集チーム・飯塚友子

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保釈され、東京拘置所を出る元農林水産事務次官熊沢英昭被告(中央)=昨年12月20日
保釈され、東京拘置所を出る元農林水産事務次官熊沢英昭被告(中央)=昨年12月20日

 ※この記事は、月刊「正論3月号」から転載しました。ご購入はこちらへ。

 ひきこもる中高年(50代)の子供を、高齢の親(80代)が支える「8050問題」は、1年前には一般に、ほとんど知られていなかった。私自身がひきこもりの兄弟姉妹の立場で、当事者として問題にスポットを当てたいとの思いがあり、昨年の月刊正論7月号から、この連載を始めた。すると発売時期に偶然、川崎市のひきこもり傾向にあった男(当時51)の無差別児童殺傷事件と、元農水次官(76)によるひきこもりの長男(当時44)の殺害事件が連続して発生。よくも悪くも「8050問題」が一気に、クローズアップされるようになった。

 この問題と事件を安易に結びつけることは、ひきこもりへの偏見につながるので、避けたい。ただ私には、特に元農水次官の事件はひとごとに思えなかった。被害者である長男と自分の年齢が近く、また両親の教育熱心さや、子供がひきこもってしまった点が共通するからだ。連載の締めくくりに事件を裁判資料などから振り返り、再考したい。

■実刑判決も異例の保釈

 元農水次官、熊沢英昭被告の事件は、官僚組織のトップまで務めた人間が、息子を手にかけたという異例さも手伝い、発生当初から注目を集めた。

 事件をおさらいすると、熊沢被告は昨年6月1日、自宅で長男、英一郎さんの首な

どを包丁で多数回突き刺し、失血死させた。12月16日、東京地裁の裁判員裁判の判決公判で、中山大行裁判長は「強固な殺意に基づく危険な犯行」として熊沢被告に懲役6年(求刑懲役8年)の実刑判決を言い渡した。争点は量刑で、弁護側は執行猶予付きの判決を求めた。

 それというのも熊沢被告は、大学進学と同時に1人暮らしを始めた長男の住まいに、月1回程度通い、主治医に状況を伝えて処方薬を届け、ゴミ出しの世話をするなど、長年、献身的に世話をしていた。裁判員はこうした生活状況を考慮。判決も、熊沢被告について「適度な距離感を保ちつつ、安定した関係を築く努力をした」と判断したが、30を超える遺体の傷の多さや、傷の深さから、殺意の強さを認定した。

 さらに熊沢被告が、主治医や警察に相談するなど、現実的な対処方法があったにもかかわらず、外部に相談せず、昨年5月に同居してから約1週間で殺害したことも「短絡的な面がある」として、実刑相当と判断した。 ただ弁護側の証人尋問で出廷した熊沢被告の妻も、長男の主治医も、熊沢被告が誠実に長男を支援していた事実を訴え、減刑を求めた。また、熊沢被告に対する多くの嘆願

書も出されていた。判決直後、東京高裁が熊沢被告が実刑判決を受けたにもかかわらず、保釈を認めたのも異例だった。

■「あるべき長男」求めた父親

 熊沢被告は事件直後に自首し、公判では「罪を償い、息子があの世で穏やかに過ごせるよう祈りをささげることが私の務めだと思う」と述べた。長男の冥福を祈りながらも、最後まで謝罪の言葉はなかった。

 法廷での言葉より、熊沢被告の本音が出ているのが、長男と別居中の平成29年11月から令和元年5月まで、ツイッター経由で長男と交わした、膨大なメッセージの内容である。約1年半の間、熊沢被告からは995件、長男からは141件が送付され、7対1の割合で、父親のメッセージが多い。その一部を以下、抜粋する。

 熊沢被告「ペットボトルを捨てるのだよ」「捨てましたか」「捨てたか」「明日はごみの日」「(メッセージを)読んでいるのか」「返事ないと電話するぞ」

 長男「捨てました」

 熊沢被告「ひげはそったか」「健康的な生活を送りましょう」「(ツイッターで)本名を出してはダメだ」

 長男「もうばれてドラクエテンで拡散中です」

 熊沢被告「こっちにも迷惑かかっている」「ドラクエから手をひけ」「75歳の父が息子のゴミを片付けるのは滑稽だ」「ゲーム

より実生活が先だろ」「ペットボトル(のゴミ出し)で前の家と不動産から苦情が来た」

 長男「次のゴミで捨てる」

 熊沢被告「家の前に(ゴミを)捨てるのはとんでもない」「アスペルガーの悪いところです」

 発達障害の一種であるアスペルガー症候群のため、長男は社会性に乏しく、物事を被害的に捉え、片付けが苦手な傾向があった。しかし熊沢被告の細々とした指示からは、長男の病を受け入れられず、最後まで「あるべき姿」を求め続ける親心がにじみ出ている。

 一方、長男はツイッターで、社会的に高い地位にあった父親を誇る記述をしながらも、「子と親は別の存在。子は親の所有物じゃない」「成績が悪いと玩具を叩き壊す愚母」「(自分の病について)理解されないことが病そのものより辛い」などと書き込んでいた。幼少時から、病と親の対応に苦しみ

続けてきたことがうかがえる。

■「親の価値観」に苦しむ子供

 事件に至る背景に、長男のひきこもりと、家庭内暴力が大きく影響していたことは間違いない。長男は都内有数の進学校である私立中学に入学したが、中学2年頃、いじめをきっかけに母親への暴力が始まり、それは長男が別居する大学1年まで続いた。

 証人尋問で出廷した熊沢被告の妻は、長男が中学時代、学校で画鋲を置かれたと“いじめ”を訴えても、「特に(詳細を)聞かなかった。いけなかったことだ」と対応のまずさを認めている。やがて長男から「バットで叩く、ライターの火と包丁を突きつけられる、壁に穴を空ける」という暴力が始まり、肋骨へのひびや顔のあざなど深刻な被害を受けるようになる。長男は統合失調症と診断されたが、熊沢被告も妻も、学校には一切、相談をしていない。

 長男の成育歴を見ると、熊沢被告が高い学歴を取得させ、社会で居場所を見つけられるよう苦心した跡がうかがえる。長男は平成5年に高校卒業後、中堅私大理工学部に進学。1人暮らしを始め、休学と退学を経て10年、別の私大の2年に編入し、13年に卒業した。さらにアニメの専門学校やパン製造技術も取得、熊沢被告の義弟の勤める病院に就職した時期もあったが、やがてひきこもり、ゲームに熱中する。

 ※続きは月刊「正論3月号」でお読みください。ご購入はこちらへ。

 「正論」3月号 主な内容

【特集 中国人権弾圧 絶望の慟哭】

習近平は全体主義の悪しき指導者 評論家 三浦小太郎 

これが“民族抹殺”だ レテプ・アフメット(ウイグル)/チュイデンブン(チベット)/オルホノド・ダイチン(モンゴル)/三浦小太郎

家族全員が音信不通になっても 私は証言し続ける 在日ウイグル人 グリスタン・エズズ  

少数民族理解を歪める中国の“プロパガンダ” 翻訳・通訳家 ミンガド・ボラグ 

悪魔が少数民族の血を貪るのに抵抗した書-『ウイグル人』の出版に寄せて 静岡大学教授 楊海英 

「臓器狩り」は“疑惑”の域を超えた  ジャーナリスト 野村旗守

習近平「国賓」で加害者になってはいけない 衆議院議員 長尾敬 

日本の対中配慮は異常 <反共鼎談イン台湾> 反共3人組、評論家 石平/楊海英/産経新聞外信部次長 矢板明夫

「二二八事件」が台湾人に気付かせた日本人と中国人の違い 津田塾大学名誉教授 許世楷

IR事件で浮かび上がる中国の罠 日本乗っ取り工作の闇暴け 産経新聞論説副委員長 佐々木類

習近平「国賓」反対集会 来日阻止へ立ち上がれ!

【特集 これでいいのか防衛予算】

「統合戦略」あっての予算要求にすべし 元陸上幕僚長 岩田清文 

「防衛的防衛」で対米依存度下げよ 防衛大学校教授 神谷万丈

防衛費増額は防衛力増強にあらず 評論家 潮匡人

【ゴーン被告逃亡】

人質司法批判に怯えた裁判所の醜態 産経新聞司法クラブキャップ 河合龍一

日本は批判に動じる必要なし 国際ジャーナリスト 安部雅延

情報を読み解くインテリジェンス力を 危機管理コンサルタント 丸谷元人

【韓国大法院判決に日韓弁護士が批判声明】

著名韓国人弁護士も立ち上がって連携表明 モラロジー研究所教授・麗澤大学客員教授 西岡力

歴史が退場を求める“背信的左派言説”〈前編〉 弁護士 岡島実

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