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【変革 ハウス食品グループ】思わぬアイデア 進化するカレーの味

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ハウスバーモントカレーの発売当初(左)は現在の商品と比べて黄色みが強かった
ハウスバーモントカレーの発売当初(左)は現在の商品と比べて黄色みが強かった

辛さに味のリセット効果

 ハウス食品の開発二部次長、清水慎太郎(46)は、これまで数十世帯の食卓を見てきた。日本の「国民食」の一つであるカレーライスは、どう作られ、食べられているのかを知るため、大学などと共同で社名は伏せての家庭訪問だ。

 とろみ、具材はそれぞれ。関西は牛肉、関東は豚肉が中心だが、最近は相互に乗り入れてきたという。また、インドカレーの店が増えてきたせいか、鶏肉も家庭のカレーに進出している。

 一方で、隠し味にインスタントコーヒーやソースを入れる家庭も。実際、コーヒーは酸味と香ばしさでコクを出すのに一役買い、ソースのスパイスはカレーと共通するものが多く相性が良いのだと清水は言う。

 いずれも家庭の味。「バーモントカレーも、こうした具材や調理法でおいしくできるかチェックしている」。そうして時代とともに少しずつ味を変えてきた。

 目標となる味を設定する必要があるのだが、おいしさの感じ方は人それぞれで、コクと言ってもはっきりとは分からない。そこで考案したのが味覚の設計図だ。縦軸に甘味や酸味などの風味の強さ、横軸に口に入れてからの時間を置いたグラフで、味や香りがどのような印象を与えるかを波形にした。

 「消費者は満足しているのか」をアンケートなどを通じて把握し、50種類以上に及ぶ材料の配合で狙った波形に近づける。「バーモントカレーといえばこの味」というブランドイメージを守りながら、少しずつ進化させていく。

 清水が家庭訪問で観察するのは調理だけではない。どう食べられているかも見てきた。子供たちは総じてカレーライスをたくさん食べる。「辛さは味をリセットする効果がある」というのが清水の見立てだ。

 カレールーから辛みを取り除いても「これはこれでおいしい」料理になる。ただ「重くて、何杯も食べる、とはいかない」という。カレーの辛さには口の中をリセットし、もう一口、もう一口とスプーンを運ばせる役割がある。

 バーモントカレーの発売は昭和38年。清水は「まだ56年。食文化全体から見れば、やっと安定期に入ったところ」と進化を予想する。

個人がつながる研究所に

 バーモントカレーを発売した昭和38年当時は調理の簡単さが売りものだった。カレーライスは手抜き料理とみられることもあったという。それが今では、時間のかかる家庭料理の一つとみなされるほど、食卓は変わった。

 「バーモントカレーの基本的な味は変えていない」とハウス食品グループ本社研究開発本部長の宮奥美行(59)は言う。「スパイス感を抑え、家族みんながおいしく食べられる甘みがある」のが基本だ。

 しかし、その基本を守るため、商品の製法は常に変えてきた。発売当初は、原料をほとんど海外から調達。その後、国内で増えた調味料メーカーから調達するようになり、それに合わせて配合も変わってきた。さらに、商品の陳腐化を避けるため、周期的に微妙に味を変えている。これまで「数十回」。それぞれ完成までの試作品は100~150種類に上る。

 「甘口」でスタートしたバーモントカレーは、47年に「辛口」、58年に「中辛」が加わった。ただ辛みを足しただけでなく、レシピはまったくの別物だ。「工場からは文句を言われた。なんで配合が全然違うねん、と」。宮奥は当時を振り返り苦笑する。

 そうした一歩ずつの変化を経て時に衝突しながら、もの作りをしてきたことで信頼感が生まれる。「違う部門の個人同士がつながっている組織がベストではないか」と宮奥は言う。「何か困っていることがあれば、互いに出し合う。そこで物事が動き出すことがある。あの人に相談して良かった、その繰り返しで組織は良くなっていく」

 ハウス食品グループ本社、カレーなどのハウス食品、健康食品のハウスウェルネスフーズそれぞれの研究開発部門と、食品分析のハウス食品分析テクノサービスが同居する千葉研究センター(千葉県四街道市)は平成5年に開設。約300人の研究員が在籍する。

 昨年、段階的に行ってきたリニューアルで、それぞれの席は固定しないことにした。組織運営でも個人間のつながりを密にし“化学変化”を起こすべく、取り組みを進めている。新しい価値を提案する「クオリティ企業」への変革の起点になるとの期待がかかっている。

壁なくし業務外にも挑戦

 「それなら、あそこと相談すればいい」。千葉研究センターでは他部署の会話に口出しすることがある。そこから思わぬアイデア、問題解決法が見つかる。

 フロアに壁はなく、決まった席もない。ある程度、部門ごとにまとまって席を設定するが、それも定期的に移動する。「隣の人が何に取り組んでいるのか、意識しなくても分かるようにしようと考えた」結果だと宮奥は言う。

 人の動きを変えたのは、センター内だけではない。研究員には積極的に外出するよう促している。これまでは、原料メーカーの担当者らを招いて打ち合わせやプレゼンテーションを行っていたが、ハウス側から関係先に出かけて「情報を取りに行く」方向へシフトチェンジ。

 背景には「多様化する市場に合わせて、商品を開発し育てていかなければ」との危機感がある。万人受けする商品を開発し改良する研究拠点から変革するには、今持っている技術だけでは十分ではない。

 一方で、グループは外食の「壱番屋」、スパイスの「ギャバン」といった企業が加わり、業態は素材の川上から、食品の川中、店舗の川下までそろった。異文化が共生するハウスには今「統合力が求められている」と宮奥は言う。研究センターは、それを実践する場の一つだ。

 ただ、すべてが順調というわけでもない。「壁をなくしても、まだセクショナリズムは残っている」のだという。分野が違えば「それは自分の仕事ではない」との意識が表出することもある。

 そこで、新しい制度も作った。「ワンデー・ア・ウイーク」。1週間のうち1日は、自分がやりたいことに充てることができる。ただし、同じ部門の研究者だけでチームを組むのは禁止。すると「本当はこれがやりたかった」と手を挙げる人が出てきた。中には60代の人も。実は若いころからひそかに温めてきたテーマを持っていたのだという。

 日々の業務に追われる人も少なくないが、「全体の7割」かは何らかの挑戦テーマを持っているという。宮奥の期待は膨らむ。「ここから何か生まれそうだ」(敬称略)

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