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沖縄・豚コレラ殺処分で自衛官が流した涙

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飼育豚が豚コレラに感染した沖縄県うるま市の養豚場で、防疫作業をする県職員と自衛隊員ら=8日午後0時1分(小型無人機から)
飼育豚が豚コレラに感染した沖縄県うるま市の養豚場で、防疫作業をする県職員と自衛隊員ら=8日午後0時1分(小型無人機から)
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 陸上自衛隊の松田みずき陸士長(23)は一児の母だ。沖縄県南風原(はえばる)町の出身。敵のミサイルや戦闘機を撃ち落とす03式中距離地対空誘導弾(中SAM)を運用する同県沖縄市の第15高射特科連隊第3中隊に所属している。息子は2歳になった。

 1月8日、松田陸士長に思わぬ任務が舞い込んだ。うるま市と沖縄市の養豚場で豚コレラ(CSF)の感染が確認されたたため、県が第15旅団に災害派遣を要請した。これを受け、同旅団は隷下の第15高射特科連隊を中心に部隊を編成した。任務の内容は、豚の殺処分支援や消毒活動だ。

 自衛官数人が豚をベニヤ板で囲い込み、獣医のもとへ誘導する。獣医が電気ショックを与えた後、心臓に注射して安楽死させる。死体を仮置き場に運ぶのは自衛官の役割だ。松田陸士長が最初に担当した豚は、おなかに赤ちゃんがいる母豚だった。

 「自分も同じ一人の母親として、すごく心が痛かった」

 松田陸士長はこう振り返る。周囲には泣いている同僚もいた。第15高射特科連隊本部管理中隊の野上光3等陸曹(29)も涙を流した一人だ。「豚を育てていらっしゃる方のことを思うと涙が出てしまった。最初はちょっと、やっていけるのかなと思った」と語る。

 ベテラン自衛官にとっても緊張を強いられる任務だった。自分の地元が危機にさらされているなら、なおさらだ。第15後方支援連隊整備中隊の安慶名光明1等陸曹(49)は豚コレラが発生したうるま市出身。「初めてのことだったので戸惑いもあった」と打ち明ける。同級生の県庁職員を現場で見つけて気持ちが軽くなったが、若い隊員が養豚場の臭いに慣れることができず、気を配らなければならなかった。

 殺処分を受ける豚が暴れることも隊員を悩ませた。豚は大きいもので体重300キロを超える。農林水産省担当者は「映画『もののけ姫』にでかいイノシシが出てくるでしょ。あんな感じです」と解説する。松田陸士長と同じ中隊の金城保享1等陸曹(36)は堂々とした体格の自衛官だが、「押さえ込むときにものすごい力を要した」という。

心のケアが課題

 第15旅団は8日から20日までの13日間、豚コレラ対策支援のため、約570人の隊員を派遣した。同県内で殺処分された豚は20日時点の県発表で7農場の計9043頭。各養豚場では約35人の小隊規模で6時間交代のローテンションを組み、24時間態勢で「有事」に対処した。

 15旅団にとって、懸案の一つは隊員の心の問題だった。昨年、岐阜県や愛知県で豚コレラ感染を受けて殺処分が行われた際は、精神的苦痛を訴える隊員が相次いだという。今回の派遣では心理ケアを専門とする自衛官3人を投入し、一日の任務が終わるたびにミーティングを開いた。どうしても耐えられない隊員は配置転換するなどして対応した。

 現地指揮官を務めた第15高射特科連隊長の内村直樹1等陸佐(47)は「その日の任務が終わった後にどう感じたか、つらかったことがないかということを吐き出せた。一人ひとりの隊員に異常がないか、細やかに確認を取った」と説明する。殺処分の際に泣いた野上3等陸曹は、上官から「それは、おかしいことではないんだよ。みんなそうなんだよ」と声をかけられたという。

 対象となった7農場の防疫措置が終了したことを受けて陸自の災害派遣が終了した20日、玉城デニー知事(60)は中村裕亮旅団長(54)に「誠にありがとうございました。本当にありがとうございました」と頭を下げた。県畜産課の担当者も「今回ここまでこられたのは、自衛隊の協力があってのことだと実感している」と語る。

活動に疑問の声も

 ただ、こうした活動に自衛隊を使うことには疑問の声もある。元陸自東部方面総監の渡部悦和氏(64)は「南西諸島に対する中国の脅威が高まる中で、沖縄を取り巻く状況は非常に厳しい。訓練すべきときに、豚コレラの災害派遣は本当に適切だったのだろうか」と話す。

 自衛隊の災害派遣は「公共性」「緊急性」「非代替性」の3要件が満たされたときに都道府県知事が要請できる。「非代替性」とは、自衛隊が派遣される以外に適切な手段がない状態を指す。「各自治体の体力によって『非代替性』があるかどうかの判断は異なる」というのが、防衛省統合幕僚監部の説明だ。

 渡部氏は平成16年に京都府で鳥インフルエンザが発生した際の殺処分支援で現地指揮官を務めた経験から「自治体だけではなく、農協や建設業界には人も機材もある中で、すぐに自衛隊にやらせるのはおかしい」と批判する。

 ただ、災害派遣は自衛官にとって目に見えて「県民の役に立った」と実感できる貴重な機会ともいえる。

 「任務から帰ってきたら、県庁の皆さんから『ありがとうございました』との言葉をいただいて、グッとくるものがあった。『多少きつくてもしようがないやろ』という現場の意見はあった」

 第15旅団隷下第51普通科連隊第3中隊の安田翔一1等陸曹(35)はこう語る。

 第15高射特科連隊第2中隊長の斎藤祐太3等陸佐(34)は「国民の安心と安全のためにこのような任務につくことができ、任務を完遂できたことをとても誇りに思う」と胸を張った。

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