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【一聞百見】イチロー、マー君…本物は礼節を少年野球で学んだ NPO法人ベースボールスピリッツ理事長・奥村幸治さん(47)

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講演で少年野球の選手たちに語り掛ける宝塚ボーイズ監督の奥村幸治さん =兵庫県宝塚市の宝塚ホテル(南雲都撮影)
講演で少年野球の選手たちに語り掛ける宝塚ボーイズ監督の奥村幸治さん =兵庫県宝塚市の宝塚ホテル(南雲都撮影)
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 日本の少年野球は曲がり角を迎えている、といわれる。少子化に加え、やりたいスポーツの選択肢が増え、野球を選ぶ子供の数が減少。親子で気軽にキャッチボールができる近所の公園も少なくなるなど、環境の変化も著しい。東京五輪・パラリンピックの開催年を迎え、スポーツ界全体が盛り上がりを見せる中、少年野球の指導者は現状をどう捉えているのか。NPO法人ベースボールスピリッツで野球の普及活動に取り組んでいる奥村幸治理事長に聞いた。(聞き手 運動部長・北川信行)

■ベースボールでなく野球道

 豊富な引き出しを持つ奥村さんがたとえ話で口にしたのは、宝塚ボーイズの教え子、田中将大選手がプロ入りしたときのエピソード。自主トレーニングのために訪ねてきた田中選手に「困っていることはないか」と聞くと、「チームにはひと回り年上の人もいます。そういう人たちと、どう付き合えばいいんですか」との質問が返ってきたのだという。高卒で次元の異なるプロの世界に飛び込んだ田中選手だが、気にしていたのは技術的なことではなかった。

 「すごいなと思いました。結局、世の中は人と人の関わりなんですよね。こういう世界で、人に好かれるってすごくプラス。一流になる選手は、そういうことが分かっている。僕は『あいさつやで。まずは、きちっと言えることが大切なんや』と答えました」と奥村さんは言う。

 感謝の気持ちを持つ、指導者の言葉を目を見て聞く、グラウンドを自分たちで整備する…。野球人口の減少とともに、当たり前だった礼儀正しさや謙虚さが少年野球から失われつつある。(1)競争をあまり経験していない子供が増えた(2)厳しさよりも楽しさが優先される風潮が生まれた-のが原因というのが、奥村さんの見立てだ。

 「今は人数が少ないから、6年生の試合に3年生が出場したりしてますよね。僕たちの時代はそうじゃなかった。試合に出るためにどうしたらいいか自分で考え、一生懸命に努力する。常にいろんなことを考えさせられました」と奥村さん。そういったところから、社会人になっても通用する美質がはぐくまれるのだという。奥村さんはこう言い切る。「僕は少年野球の世界大会も経験しました。日本の野球はベースボールとは違う野球道なんです」

奥村幸治さん。12歳以下の少年野球世界大会では、日本チームを2連覇に導いた =2012年8月、米メリーランド州アバディーン(本人提供)
奥村幸治さん。12歳以下の少年野球世界大会では、日本チームを2連覇に導いた =2012年8月、米メリーランド州アバディーン(本人提供)
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 <中学生が小学生指導

 裾野拡大の取り組みのひとつが、宝塚ボーイズに所属する中学生が、小学生に野球指導をすることだ。

 「プロ野球も少年野球も同じですが、子供たちが、こんな選手になりたいという憧れを持つようになればいいんです」と意図を説明する奥村さん。「そういう意味では、小学生からしたら中学生のお兄ちゃんは、すごく大きな存在。昔は近所付き合いが盛んで、身近なお兄ちゃんが『一緒にやってみようよ』と誘ったのをきっかけに、野球を始めたりしていた。そういう関係ができると、(少年野球の現状も)変わっていくと思うんです」と力説した。

年間100回以上の講演をこなす奥村さん =兵庫県宝塚市の宝塚ホテル(南雲都撮影)
年間100回以上の講演をこなす奥村さん =兵庫県宝塚市の宝塚ホテル(南雲都撮影)
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■裏方だから聞けた本音

 NPOの理事長として年間100回以上の講演活動を行っている奥村さん。話す内容の中心は、プロ野球オリックスの打撃投手を務めていたころに接したイチローさんや、宝塚ボーイズの監督として教えた米大リーグ、ヤンキースの田中将大選手らの真摯(しんし)に野球に取り組む姿。豊富なエピソードや話術が話題となり、最近は少年野球とあまり関係のない企業の経営者からも講演を依頼されるようになった。TPOに応じた引き出しの多さはどこから生まれたのだろうか。

 講演活動を始めたきっかけは、宝塚ボーイズを取材した記者の「これだけの経験をされているのだから、やってみたらどうですか」との、なにげない言葉。最初のころは、自身の言いたいことが聴衆にうまく伝わらず、「講演は難しい」と思っていた。変わったのはその記者からのアドバイス。「みんな、奥村さんの何を聞きたいと思っているんですか? イチローさんの話でしょ。それを順序立てて話すんですよ。宝塚ボーイズで子供たちとミーティングしているのと同じような内容でいいんじゃないですかね」。この助言通りにストーリーを考え、60分の講演時間なら60分で完結するように構成を練った。すると、徐々に依頼が増えたのだという。

 対象も少年野球に取り組む子供から指導者、企業の経営者…と広がった。だが、奥村さんは「一流の人がルーチンとして何を心がけているか、どう目標を立てているか。そういった話が、一番多くの人に聞いてもらえる気がします。経営者のみなさんと、イチローの考え方には共通点があると思います」という。

 講演に赴く上で気を付けているのは、1時間ぐらい前に会場に到着するように準備すること。「待っている人がいる。自分ができる最大のことをしないといけない」との思いからだ。だから、年間100回以上、講演を繰り返してもマンネリになることはない。「まずは、みなさんが知らないイチローの話なんかを聞いてほしいんです。会場の雰囲気が良くて僕のテンションが上がるということはありますけど、下がることはありませんね」と奥村さん。

阪神大震災のあった平成7(1995)年に行われたオリックスの優勝パレード。イチロー選手(左)らがファンの声援に手を振って応えた =平成7年11月5日、神戸市
阪神大震災のあった平成7(1995)年に行われたオリックスの優勝パレード。イチロー選手(左)らがファンの声援に手を振って応えた =平成7年11月5日、神戸市
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 では、多くの聴衆を引き付けるエピソードをたくわえられた理由はどこにあるのか。「僕がすごく良かったなと思うのは、プロ野球選手になりたかったけど、なれなくて、裏方としてプロの世界に入って、それでも夢をあきらめずに『僕と一流選手の違いって何なんだろう?』というのを、いい距離感で気付かせてもらったこと。裏方だったから、イチローの本音を聞けた。コーチや監督との関係もそう。裏方だったから、いい距離感でいられたんです」

少年野球の選手たちを前に講演する奥村幸治さん =兵庫県宝塚市の宝塚ホテル(南雲都撮影)
少年野球の選手たちを前に講演する奥村幸治さん =兵庫県宝塚市の宝塚ホテル(南雲都撮影)
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 常に本気で野球と向き合う中で、野村克也さんや星野仙一さんといった名将とも知り合え、その経験も自身を成長させる糧になった。人と人の縁に恵まれた野球人生を、奥村さんは「僕自身、野球の神様っているのかなと思う部分がすごくありますね」と振り返った。

■己を極め、助け合う-野球の本質

 奥村さんが講演活動を続けるのには、理由がある。借金をして兵庫県三田市につくった宝塚ボーイズの専用球場「ベースボールスピリッツスタジアム」の整備費用を完済するためだ。払い終わるまで、あと3年。なぜ、そこまで打ち込むのか。根底には、野球人生を通じて常に心がけてきた「本気の行動」がある。

 経営者をしている高校時代の野球部の後輩から講演に招かれたときのこと。後輩は「先輩、ごめんなさい」と前置きし、奥村さんをこう紹介した。「正直、先輩がプロの道に進むとは思ってもいませんでした。ただ、先輩のすごいところは、学校に行くのは一番早い、最後まで残って練習している。後輩の立場から見て、先輩っていつも本気なんやなと思っていました。本気の行動をしていると、こういうことが生まれるんやって感心してました」。その指摘が、奥村さんにはうれしかった。

 では、奥村さんを「本気」にさせた野球の奥深さとは何か。奥村さんは「野球の良さ」をテーマに語った経営者の話を披露した。「野球道の『礼に始まって礼に終わる』って、会社でも求められることだよね。あいさつを大切にする、仲間を大切にする…。それらは、すごく仕事にも役立つこと」。そう話し始めた経営者は「たとえば、サードにボールが飛んだ。捕れなかったら、ショートがバックアップする。もし、ショートが捕球できなかったら、レフトがバックアップする。役割ってみんな決まっているけど、境界線ってないだろ。サードとショートの境界線はあるか? 仕事もそう。誰かができなかったら、会社がいい方向に行くために助け合うもの。最終的にチームが勝つため、会社が良くなるために、どうするか。みんなが助け合う関係が野球の中にはあるんや」と続けた。

 奥村さんはこの話を、宝塚ボーイズの子供たちに「こういうものを身につけよう。身につけたら、社会に出ても活躍できるよ」と紹介したのだという。ただ、少年野球を取り巻く現状を考えると、奥村さんの試行錯誤は続く。

 「楽しいことがいいねん、というノリでチームを選ぶ子供が多い気がします。でも、(米大リーグで活躍する)大谷翔平君やイチローが言う『楽しい』とは意味合いが違うんですよ。彼らのは、努力して達成することの楽しさ。達成できていないことに挑戦してやろう、自分を極めていこうという楽しさがあるんですよ。そこが混同されてしまっている。仕事でも共通してます。楽しいだけでは成果は得られないじゃないですか」

 自身は少年野球のために講演活動を続けているが、知り合いには整骨院を経営しながら子供たちに野球を教えていたり、会社が休みの土、日曜日に熱心に取り組む関係者もいたりする。指導者によって考え方に違いがあり、連携を取りにくい面もあったりするが、奥村さんは「本当の本質。野球を通じてどういうものを身に付けて学んでいくかということを、忘れてほしくないという思いはすごくあります」と強調した。

     ◇

【プロフィル】奥村幸治(おくむら・こうじ) 昭和47年、兵庫県尼崎市生まれ。平成5年にプロ野球オリックスに打撃投手として入団。6年にイチロー選手の専属打撃投手となり、「イチローの恋人」と呼ばれる。阪神、西武でも打撃投手を務めた後、米国で大リーグの野球を学ぶ。11年に中学硬式野球チーム「宝塚ボーイズ」を結成。米大リーグ、ヤンキースの田中将大選手らを指導した。カル・リプケン12歳以下世界少年野球大会の日本代表監督を務め、2011~13年に3連覇。著書に『イチローの哲学』(PHP文庫)『超一流の勝負力』(SB新書)など。年100回を超える講演活動も行っている。

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