PR

【一聞百見】歌手・エッセイスト、アグネス・チャンさん「戦禍、貧困、人身売買…苦しむ世界の子供たちのために」

PR

ニジェールで現地の家族とふれあうアグネスさん (日本ユニセフ協会提供)
ニジェールで現地の家族とふれあうアグネスさん (日本ユニセフ協会提供)
その他の写真を見る(1/7枚)

 香港生まれの愛らしいアイドルが日本でデビューして約半世紀。近年はユニセフ大使としての活動に力を入れる歌手でエッセイストのアグネス・チャンさん(64)がこの夏、貧困国の一つ、アフリカ西部のニジェールを訪問した。国土の8割が砂漠といい、多くの国民が貧しい暮らしを余儀なくされるなか、身代金目的の誘拐や人身売買、性暴力の犠牲になる子供たちも少なくない。戦禍や貧困に苦しむ国々を毎年訪れ子供たちに寄り添い続けるアグネスさんに、国際社会の“負”の側面を聞いた。(聞き手 編集委員・巽尚之)

■物乞いに砂漠を越える女性たち

 「信じられないでしょう。でもこれが現実なんです」。アグネスさんが語るニジェールの現状は厳しいものだった。生活の足しに“稼ぎ”を得ようと、女性と子供たちは広大なサハラ砂漠を越えて隣国アルジェリアを目指すという。稼ぎとは、実はアルジェリアで物乞いをするのだ。

その他の写真を見る(2/7枚)

 人口の半数が18歳未満というニジェール。そんな子供たちの半数が、満足に義務教育を受けることができないという。成人の識字率は僅か15%。アグネスさんが訪れたザンデール州では、気候変動の影響で農業もままならず、自給自足がやっとという家庭がほとんどだった。

 一方、イスラム社会で男性は4人まで妻を持つことが許され、女性は小学生になると夫を探す“婚活”を始めるという。ただ多くの場合、男性に4つの家庭を養えるだけの資力はない。ところが、ニジェールの女性が生涯に産む子供の人数(出生率)は7・5人と多く、1日2ドル(約210円)以下の生活で、食べていくのがやっとというありさまだ。だから出稼ぎに行かざるを得ないのである。

 「そしてアルジェリア行きには大変な危険が伴うんです」とアグネスさん。ザンデール州で出会った既婚の若い女性は、物乞いのために“運び屋”のトラックに乗って複数の女性たちとともにアルジェリアを目指したが、途中で1人だけ別の車に乗せられた。性暴力を受けるととっさに危険を察知した彼女は、命からがら逃げだしたと話したが、「本当に性暴力を受けなかったかどうかは分からない」という。

アイドル時代のアグネスさん。少女の頃からボランティア活動が大好きだった(本人提供)
アイドル時代のアグネスさん。少女の頃からボランティア活動が大好きだった(本人提供)
その他の写真を見る(3/7枚)

 というのも、現地の文化や伝統の中では、性暴力の犠牲になるだけで未婚者は結婚できなくなったり、既婚者の場合は離婚されたりするためだ。性暴力の被害を受けても母親にも誰にも打ち明けることができず、泣き寝入りするケースがほとんどなのだそうだ。

 「貧困を脱するには地域の権力者たちが協力し合って改革に取り組み、まずは教育水準を高めなければ」

ウクライナを訪れ、戦禍におののく子供たちと防空壕で肩を寄せ合うアグネスさん =2018年(日本ユニセフ協会提供)
ウクライナを訪れ、戦禍におののく子供たちと防空壕で肩を寄せ合うアグネスさん =2018年(日本ユニセフ協会提供)
その他の写真を見る(4/7枚)

■飢餓深刻 子供の笑顔が救い

 そもそもアグネスさんがユニセフ大使として活動するようになったのは、香港で暮らしていた少女時代に原点がある。「施設や病院を慰問に回り、ギターを弾いて歌を歌うとみんなとても喜んでくれたんです」。それでボランティアが大好きになった。

 その後、日本で歌手デビュー。人気アイドルとなる。そのなかでも弱者を気遣うボランティア精神を一貫して持ち続け、「弱い立場の子供たちの声を伝えたいから」と、1998(平成10)年に初代日本ユニセフ大使に任命された。以来、毎年、中央アフリカ、ウクライナなどの国々を訪問し、厳しい環境の下で生活する女性や子供たちに寄り添ってきた。内戦の絶えない中央アフリカでは、銃弾が頬を貫通し口から食物を摂取できない乳児を見舞った。昨年はいつ砲撃されるかわからないというウクライナ東部を訪れ、防空壕(ごう)に身を潜める子供たちを慰めた。

その他の写真を見る(5/7枚)

 今年訪れたニジェールでは、物乞いのため隣国アルジェリアをめざす女性や子供が後を絶たない。3人の幼子を連れてアルジェリアを目指した女性は、運び屋といわれるトラックの運転手に砂漠の中に放置された。乾燥と猛暑で水分を摂取できなければ砂に埋もれて死んでしまう極限状態の中、子供には自分の尿を飲ませたという。ようやく通りかかった車に助けられ生還したそうだが、車窓から眺めた砂漠の景色には、亡くなった人の髪の毛や遺骨が散乱していたという。

 またこんな悲話も耳にした。「お母さん、そんな危険を冒して行く必要はないよ。僕が行くから」と、母親に代わってアルジェリア行きを志願した心優しい14歳の息子は、2度目のアルジェリア行きで銃撃に巻き込まれて亡くなったという。アグネスさんは「聞いていてとてもつらかった」と顔を曇らせる。思わず「そんなに危険なのにアルジェリアに行くんですね」と問いかけると、女性は「アルジェリア行きは選択肢ではなく行くしかないんです。行けば現地で2カ月暮らせて(日本円で)約4000円が稼げるんですから」と話した。

 「ニジェールではかつては砂漠のハンティングなどが盛んでにぎわったと聞きますが、現在、国民の貧困は想像以上に深刻。ただ、周辺国は内戦など戦禍にさらされている国が多いのに、ニジェール国内は平和です。戦争がない中で無邪気な子供たちの笑顔だけがせめてもの救いですよ」

■教育向上へ日本人こそ支援を

 今年11月、アグネスさんは特別授業のために関西学院大学(兵庫県西宮市)を訪れ、1985(昭和60)年に初めてアフリカの国、エチオピアを訪問した経験について語った。エチオピアといえば今年、紛争状態にあった隣国エリトリアとの関係正常化に尽力したとして、アビー・アハメド首相がノーベル平和賞を受賞したのは記憶に新しいところだ。当時は極度な貧困状態で、ハエが群れになって飛び交う中で、子供たちは砂にまみれた生の麦を拾って食べていたという。

 「少しでもコミュニケーションを深めようと私が歌を歌うと、子供たちは踊りだし私を歓迎してくれました。いとおしくなり、抱きしめたり頬ずりしたりキスしたりしました。もうここで死んでも構わないと思えました」と、その感動を打ち明ける。一方で、亡くなった子供が埋葬された日は、ショックで食事がのどを通らなかった。「すると、現地の看護師さんに『悲しむ暇があるのなら、あなたに与えられている役目を果たしなさい』と叱られました」。

 実体験からくるリアルさと、熱のこもったアグネスさんの講義に、受講した学生たちは一心に聞き入っていた。「世界中で子供たちが戦禍の犠牲になったり、児童ポルノや人身売買の対象になったりしています。日本はそんなリスクが低い国だからこそ、私たちが手を差し伸べなくては…」と訴える。そのなかでも必要と考えているのが、教育の大切さだ。

関西学院大学で講義をするアグネスさん。「教育が大切」と訴えた =令和元年11月、兵庫県西宮市
関西学院大学で講義をするアグネスさん。「教育が大切」と訴えた =令和元年11月、兵庫県西宮市
その他の写真を見る(6/7枚)

 ニジェールでは教育事情も良くなかった。当局が義務教育の教員の資質を調査したところ、先生として合格した人は僅かに2割。残る8割の教員は能力不足で解雇や再教育の対象になった。こうした現状に、ユニセフは日本政府と協力して日本式のドリル(問題集)を作成し、提供するなど教育の質の向上に手をさしのべている。まともな教育が受けられないため、観光や接客などの仕事にも就けないのが実情だからだ。

 アグネスさん自身も3人の息子を育ててきた。3人とも名門の米スタンフォード大学に入学したが、「幼児期に何にでも興味を持たせるように仕向けた」というのが、アグネス流の教育法だ。「脳が発達する幼少期に愛情を注いであげることが大切。それだけに、貧困や戦禍で厳しい環境に暮らし、勉強がしたくても満足に学ぶことができない子供たちには一日も早く平穏が訪れてほしい」と願う。

ニジェールを訪れ子供に寄り添うアグネスさん。貧困のために乳幼児の多くは栄養失調だ (日本ユニセフ協会提供)
ニジェールを訪れ子供に寄り添うアグネスさん。貧困のために乳幼児の多くは栄養失調だ (日本ユニセフ協会提供)
その他の写真を見る(7/7枚)

 一方で、日本では最近、連日のように乳幼児や児童の虐待が報じられている。「子供を持つ母親の心理状態が不安定になれば、一旦子供を手放したり、自ら通報をする勇気が必要です」とも。貧しさ豊かさにかかわらず、社会や大人の犠牲になって苦しむのは弱い立場の子供たちである。年末には、東京・銀座や恵比寿の街角に立ち、街頭募金を呼びかける予定だ。

     ◇

【プロフィル】アグネス・チャン 1955(昭和30)年、香港生まれ。昭和47年に「ひなげしの花」で日本歌手デビューし、大ヒット。上智大国際学部を経てカナダ・トロント大を卒業。平成6年に米スタンフォード大で教育学博士号を取得。10年に初代日本ユニセフ大使、28年からはユニセフ・アジア親善大使として、これまでに紛争国や最貧国など20カ国以上を訪問し、子供の人権を守る活動を行っている。歌手のほかエッセイストとしても活動し著書は約90冊。近著に「未知に勝つ子育て」(小学館)。30年、春の叙勲で旭日小授章を受章した。ブログ「アグネスちゃんこ鍋」で情報発信中。

     ◇

【用語解説】ニジェール

 共和制の国で面積は日本の約4倍、人口は約2100万人(2017年、世銀)。主要産業は農牧業や鉱業だが、2013年に発表された国連開発計画の報告書などによると、1日1・25ドル未満で暮らす国民が全人口の44%を占め、世界の最貧国の一つとされる。2005年と10年には干魃(かんばつ)による深刻な食糧危機が生じている。

この記事を共有する

関連トピックス

おすすめ情報