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【ビジネス解読】電話線から英王室魅了のキャビアへ 下町の中小企業に学ぶ〝畑違い〟

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「ハルキャビア」を持つ金子コードの金子智樹社長
「ハルキャビア」を持つ金子コードの金子智樹社長

 東京下町の中小メーカーが生産した高級食材、キャビアの味が、英国王室を射止めた。全くの畑違いに挑み成功をつかんだのは、昭和7年創業の金子コード(東京都大田区)。3代目社長の金子智樹氏が「従来技術の延長線上になく、軌道に乗るまで最低10年かかる事業」という条件で探し出したのがキャビアだった。「もうかっている事業もいずれ廃れる。その前に次の柱をつくる」という同社のDNAが、新規事業の創出を駆り立てた。

 今年6月に英国で開かれたポロの世界大会「ザ・ロイヤルウィンザー・カップ」。60年以上の歴史をもつ大会中に開かれた主賓席の昼食会で、同社のキャビアがエリザベス女王をはじめ英国王室が招待した世界の著名人に献上された。

 同社は平成26年12月、日本一きれいな水を求めてたどり着いた天竜川上流の浜松市春野町で、チョウザメの養殖を開始。今では約2万尾が大きな水槽の中で泳いでおり、大きくなったチョウザメの卵を塩漬けしたキャビアを「HAL(ハル)キャビア」のブランドで29年11月から出荷している。

 キャビアは高級食材として人気だが、国内に多く流通する輸入品は長持ちさせるため塩を多く加え、保存料を添加して熱処理も施す。ハルキャビアは新鮮なため熱処理を行わず、保存料も一切使用しない。塩も最低限に抑えるため、「キャビア本来の味がする」と評判になり、ミシュラン掲載店にも提供している。

 金子社長は「生産が追いつかない状態。日本で結果を出してから、世界ナンバーワンブランドを目指す。『キャビアのフェラーリ』と言われたい」と意気込む。

 同社は創業時、黒電話の本体と受話器をつなぐコードを生産。順調に売り上げを伸ばしたが、携帯電話の普及などコードレス化の進展で業績が一転して低迷。「電話コードがなくなる前に次の事業を創る」との考えから昭和63年、2代目社長が電話コードの加工技術を生かし、高度医療を支えるカテーテル用チューブの開発に着手した。

 平成4年に事業化のめどが立ったが、異分野だったため商慣行など勝手が分からず黒字化まで10年かかった。この年は電話コード需要の減退で赤字転落しており、新規事業創出が経営危機を救い、今では医療事業が同社の屋台骨を支える。

 3代目が就任した17年当時、「倒産寸前まで追い込まれていた」(金子氏)。そこで、子会社整理など経営効率化と医療事業の強化で収益基盤を強化した。その後も、リーマン・ショックの影響で20年度には売上高が21億2000万円まで落ち込んだが、10年後には45億5000万円と倍増させている。

 金子氏は「V字回復をもたらした医療事業に成長余地はまだある。しかし、いずれ廃れる」と判断。同時に次世代に「ゼロからイチを生み出すDNAを渡したい」と考え、創業80周年を終えた25年度から100周年に向けて第3の柱づくりに着手。27年度にゼロから新規事業を生み出す「ゼロワン・プロジェクト」を立ち上げた。

 事業創出の担当者に出した条件の一つが、事業が軌道に乗るまで10年くらいかかること。金子社長は「上場企業トップの在籍期間は平均6.2年。何年たっても収益化しない事業を株主に認めさせるのは難しいので、10年かかるなら大手にまねされない。オーナー企業の特権」と言い切る。

 担当者に半年ほど旅をさせ、探し出したのがキャビアだった。電話線からカテーテル用チューブ、そしてキャビア-。代替わりごとに畑違いの事業分野に参入し、事業の柱に育てる。新規事業への挑戦といえば既存技術を生かせたり、早期黒字化が見込めたりすることが前提となるが、こんな常識を無視して成功をつかんだ。(経済本部 松岡健夫)

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