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【一聞百見】アーティスト・河野ルルさん 癒やしの壁画で「幸せ」振りまく

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「壁画を描くことで、子供たちに明るくなってもらいたい」と話す河野ルルさん =名古屋市瑞穂区(柿平博文撮影)
「壁画を描くことで、子供たちに明るくなってもらいたい」と話す河野ルルさん =名古屋市瑞穂区(柿平博文撮影)
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 河野ルルの描く絵には、生命力がほとばしっている。簡略化された生き物のフォルム。明るく鮮やかな色彩。多くの人はそこに、まるで太古の美術作品、ラスコー洞窟の壁画を思わせる無垢(むく)の美しさを見るだろう。実際、日本のみならず、アジア、アフリカ、中米など世界を回ってダイナミックな壁画を描いてきた。絵という世界の共通言語をつかい「幸せ」を振りまくアーティストに聞いた。(聞き手 編集委員・正木利和)

■世界を回って描く

 ドアを開けたら、狭い急勾配の階段があった。「気をつけてあがってくださいね」。名古屋郊外の住宅街にある、昭和に建てられた古い家。その2階が彼女の住居兼アトリエだ。

 「ちょっと、これ見てください」と、広い部屋に通された。「もともと押し入れだったところを改造したのです」。そこには、ユニットバスシャワーがすっぽり入っている。笑いながら言った。「たまに銭湯に行きますけど、ふだんはこれで十分」。家賃は月2万5千円。「家にもあまりいないですし。当分、かわるつもりはないんです」

 確かに彼女のような「風来坊」にとって、家賃が安いにこしたことはない。昨年7月、アフリカの小学校に壁画を描き終えて帰国したばかりの彼女にインタビューした。以来、1年ぶりに会ったのだが、その間、8月には兵庫・西脇市で壁画を描き、10月には大阪・難波で作品制作、さらに東大阪の歯科医院の壁画を描いている。

 ことしに入って、1月にはノーベル賞を受賞した天野浩氏の名古屋大学の研究施設で壁画を制作。2月にタイに渡って、3月は京都のホテルの部屋一面に絵を描いている。さらに4月富山・高岡、5月には中国・深せん、マニラに渡り、半日帰国したあとすぐにメキシコに渡って孤児院、6月には徳島の精神科の病院で壁画制作を行ってきた。

ことし5月、メキシコのサン・クリストバル・デ・ラス・カサスの孤児院で壁画を描いたときに子供たちと(本人提供)
ことし5月、メキシコのサン・クリストバル・デ・ラス・カサスの孤児院で壁画を描いたときに子供たちと(本人提供)
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 こんな風に、家に落ち着くひまなどないほどの忙しさ。しかし、これほどの売れっ子でありながら実入りのほうは、といえば思ったほどでもないようで、「おカネをためて旅行代にしているんです」。そういえば、昨年のアフリカにいくときも交通費持ち出し。今回のメキシコも、4年前の旅行で仲良くなった家族に会いに行くということで旅費は自腹を切ったのだそうである。しかし、その生き方はまぶしい。

壁画を描くのは「わたしなりの社会貢献かな」という河野ルルさん
壁画を描くのは「わたしなりの社会貢献かな」という河野ルルさん
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 彼女の壁画があるところは小学校や孤児院、病院などの子供や社会的に弱い立場の人たちが集う場所が多い。「アートも何もない貧しい国の保育園や孤児院で壁画を描くことで、子供たちに明るくなってもらいたいと思ってるんです」。

 なんのつてもないアフリカへは「壁画を描く場所を提供してください」と手当たり次第、メールを送ったそうだ。絵と同様、やさしさとバイタリティーがバランスよくひとりの女性に同居している。それが、河野ルルというアーティストなのである。

東海学園大テニス部時代、仲間と。平成21年秋ごろ(本人提供)
東海学園大テニス部時代、仲間と。平成21年秋ごろ(本人提供)
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■世界一周 自己流の絵が転機

 学生時代はすらりとした長身サウスポーのテニスプレーヤーだった。高校進学後、硬式テニス部に入部したものの、女子部員はゼロ。テニスの強豪、東海学園大に進むが、ここでも女子部員はたったひとり…。「なんで、こんなにひとりなんだろうと思いましたね。高校のころはひとりで買い物に行くのもイヤだった。でも、いつのころからか『ひとりって気楽だな』と思えるようになって」。せっかく就職した会社を1年たらずであっさりやめてしまった。で、おカネをためてモンゴルにひとり旅に出た。「ひとりだと、友だちも作りやすいんです。話しかけられやすいし、話しかけやすいですから」

 もどって2つの仕事につくと、150万円をためて平成27(2015)年、また旅へ。今度は、ベトナムを振り出しに、アジアからヨーロッパ、アメリカを回り、日本へもどる世界一周だ。「バックパッカーの宿に泊まるんですが、明るい人が多いので楽しくて。すぐ友だちができるんです、わたし。センサーが働くのか、怪しい人に話しかけるってこともなくて…」

 渡る世間に鬼はない。そう思う人のもとには、鬼はやってこないのかもしれない。それどころか福の神が現れることもある。旅の途中、トルコのイスタンブールに立ち寄ったとき、老画家と出会った。絵を正式に学んだわけでもないが、旅先でスケッチするのはかっこいいな、とスケッチブックをいつも携行していた彼女は、自己流で描いた絵をアトリエで見せた。すると、彼は笑って親指を立ててくれた。自信ができた。

 実は、そこから彼女の新しい人生が始まる。メキシコに渡ったもののお目当ての「死者の祭り」は3カ月先。そこで宿泊費を捻出するため「壁画を描くから無料で泊めて」と、太陽とくだものと野菜の絵を描いてみせ、宿にかけあってみた。すると、「食べ物も飲み物もあげるから絵を描いて」と無料での滞在を認めてくれたのである。それもこれも、あの老画家がくれた自信のたまものだった。

「描いていくうちに絵ができていく」と笑う河野さん =名古屋市瑞穂区(柿平博文撮影)
「描いていくうちに絵ができていく」と笑う河野さん =名古屋市瑞穂区(柿平博文撮影)
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 帰国してから、就活もしたが、自分のなかでは「絵一本でやっていこう」という気持ちがむくむくと湧き上がってきていた。結局、親元を離れて家を借り、自活を始める。貧乏暮らしが続くなか、彼女は平成29年11月、その手で人生を切り開く。アジア10カ国から200組の若手クリエーターが出展し、大阪で開催されたアートフェアで日本人初のグランプリを獲得するのである。それを機に、昨年は大阪国際女子マラソンのポスターや個展開催、さらには本の出版と立て続けに大きな仕事が舞い込んできた。

 「そう、絵を描くようになって、運気が変わってきたんです」

ことし5月、メキシコのサン・クリストバル・デ・ラス・カサスの孤児院で壁画を描いているときに寄ってきた子供たちと(本人提供)
ことし5月、メキシコのサン・クリストバル・デ・ラス・カサスの孤児院で壁画を描いているときに寄ってきた子供たちと(本人提供)
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■アートの価値を示したい

 もらった名刺には「絵描き 河野ルル」とある。たまに、まるで風邪グスリのような名前の下に(本名)とつけることもある。「(お笑いコンビの)バナナマンが大好きなんです。なにか一緒に仕事、できないかなあ…」。ユーモアのセンスは、どうやらお笑いで磨かれているらしい。

 ならば絵のセンスはどうやって磨いているのだろう。「リアルに描くデッサンって、したことないんです。好きな画家ですか? ピカソ、シャガール、カンディンスキー。色がいっぱいあって、バランスがとれてるじゃないですか」。ある意味、型破りなアーティストといっていい。「わたし、色と形で描くんです。バランスのとれたものを描こうと思ったら、下描きしないでも描ける。よく『一発完成やから、めっちゃ効率ええやん』なんていわれますけど、本当に描いてくうちに(絵が)できてく」

 テーマは旅先でポッと浮かんできたもの。「メキシコならあったかい太陽、トウモロコシ、サボテンなどと決めて。それをバランスよく配置するんです」。要するに、彼女が旅に出るのは、きっと描きたい場所があるからなのに違いない。世界のあちこちに独学で身につけた英語で「描かせて」とメールを送り、どんどん出かけていっては描きたい絵を描く。

 しかし、描いてしまえば終わり、というわけではない。絵がつないでくれた人との出会いを、とても大切にしている。「アフリカで壁画を描いた学校の先生やメキシコで知り合った家族とは、いまでもメールでやりとりしてます。そういうのが楽しいんです。不思議? そうですか? あと20年とかたてば、私みたいなの、普通になるんじゃないかな…」

 世界各地に壁画を残してきている。このまま「世界制覇」へ突っ走るんじゃないかという勢いだが…。「わたし、アートに価値がある(という)認識をもたれてない国に描きたい。自分の名を残すっていうより、そこに挑戦したいなっていう気があるんです。全世界、子供は一緒。だけど、アートがしたくてもできない子たちがいる。そういうところに行って描きたい」

「すぐに友だちができるんです」と笑う河野ルルさん=名古屋市瑞穂区(柿平博文撮影)
「すぐに友だちができるんです」と笑う河野ルルさん=名古屋市瑞穂区(柿平博文撮影)
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 メキシコの孤児院、アフリカの小学校…。そういえば、壁画を描いている彼女の周りには、いつも小さな子供がいる。きっと、幼い彼らの心にも伝わるのだ。絵筆を握った菩薩さまのような彼女のやさしさが…。「自己満足の活動かもしれないですけど、それがわたしなりの社会貢献なんじゃないか、とも思っているんです」

     ◇

【プロフィル】河野ルル(こうの・るる) 昭和62(1987)年生まれ。愛知県出身。東海学園大学卒業。平成27(2015)年に世界1周、旅先で絵画に目覚め、平成29年に大阪で開催されたアートフェア「アンノウン・アジア2017」で日本人初のグランプリ。翌年大阪国際女子マラソンのポスターを担当。著書に「絵を描くことに恋をして」(桜山社)。

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