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【一聞百見】香の魅力、京都から世界へ 300年の老舗が「薫習館」1周年 松栄堂専務の畑元章さん(37)

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「いかに香りの魅力を伝えるかが課題」と話す畑元章さん =京都市中京区の「薫習館」(寺口純平撮影)
「いかに香りの魅力を伝えるかが課題」と話す畑元章さん =京都市中京区の「薫習館」(寺口純平撮影)
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 京都御所の南に創業300年を超えるお香の老舗、松栄堂(しょうえいどう)(京都市中京区)がある。香というと宗教儀式に使われるイメージが強いが、最近は短いスティックタイプなど商品も多様化。癒やしブームで現代のライフスタイルに取り入れられ、人気が高い。そんななか昨年、本店隣に香り文化の情報発信拠点「薫習館(くんじゅうかん)」がオープンした。香木など貴重な原料や、香りそのものも“展示”されている、まるで和の香りのワンダーランド。「香りと出会い、香りを伝える場に」と話す畑元章専務に話を聞いた。(聞き手 編集委員・山上直子)

■香に出会う ワンダーランド

 「7月でちょうど1年になります。薫習とは『熏習』と書いて仏教用語なんです」という畑元章さん。辞書で調べると「物に香りが移り沁(し)むように人間の心の最深部に影響を与えること」などとあった。社内公募で決まったネーミングだそうだ。現代の生活にも香が浸透し、多くの人に生活の一部として楽しんでもらえるように…という気概と願いを感じる。

 日本に香が入ったのは飛鳥時代、仏教伝来のころという。最も古い記述は『日本書紀』で、大きな香木が淡路島に漂着し、知らずに燃やしたら煙が遠くまで香ったのでその木を朝廷に献上した-とあった。以来、場を清めて邪気を払うもの、また生活の中で楽しむものとして宗教儀式や茶道、香道などで広く使われてきた。和歌や美術工芸とも密接に関わる「香」は、日本を代表する和の文化だ。

 もともと本店がある二条通界隈は薬種問屋が多く、隣接する薬問屋の移転を機にビルを取得。京都有数の好立地にミュージアムを開いたのには理由があった。「間違いなく専門的な知識を持ち伝えていけるのは何かと考えるとやはり和の香りだと気付いたんです」。近隣には京都御苑や京都国際マンガミュージアムなど観光スポットがひしめく。世界から集まる人に香の楽しさや魅力をいかに大勢の人に知ってもらうか、そして新たなユーザーをどう掘り起こすかが課題だ。

「薫習館」の1階は、巨大な本物の香木「ビャクダン」を展示、触ることもできる。天井からつり下がる3つの「かおりBOX」は、箱の中に入って香りを体験でき、写真撮影も楽しめるインスタ映えスポットだ
「薫習館」の1階は、巨大な本物の香木「ビャクダン」を展示、触ることもできる。天井からつり下がる3つの「かおりBOX」は、箱の中に入って香りを体験でき、写真撮影も楽しめるインスタ映えスポットだ
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 「薫習館」の1階は無料の展示スペースで、巨大な本物の香木「ビャクダン」が展示され実際に触ることができる。天井からつり下がった3つの箱の中に入って香りを体験できる「かおりBOX」は、写真撮影も楽しめるインスタ映えスポットだ。原材料の香りをポンプを押してかぐことができる「香りの柱」など、“香りの展示”は世界でも珍しい。「新たな挑戦です」と引き締めた口元に、13代目となる覚悟がのぞいた。

中に入ると香りを体験できる「かおりBOX」と畑元章さん。3種類の香りが“展示”され、そのまま写真撮影もできる =京都市中京区の「薫習館」(寺口純平撮影)
中に入ると香りを体験できる「かおりBOX」と畑元章さん。3種類の香りが“展示”され、そのまま写真撮影もできる =京都市中京区の「薫習館」(寺口純平撮影)
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■製造現場で働き、見えてきた道

 畑さんは小学生の頃、京都で知らない人はいない由緒ある務めを果たしたことがある。祇園祭の山鉾(やまほこ)巡行で先頭を行く長刀鉾の稚児だ。父の畑正高社長もかつて務めたことがあり、親子2代続いての奉仕が話題になった。

 「子供の頃に家を継ぎなさいといわれた記憶はありません。祖父も祖母も自然にいろいろなことを教えてくれていたと思います。大学も、父は好きなことをしたらいいと言ってくれたので理系に進みました。ある意味、ここまでは優等生的だったんですが…」と苦笑する。「大学には人より長く通ってしまいました。とにかく本を読むのが好きで読書をするサークルに入ったんです。大学に行っては、ずっと図書館で本を読む毎日でした」

 二十歳頃、迷った時期がある。人に「社長(父)と同じことをする必要はない」といわれたのがきっかけだった。「自分は何ができるんだろうと考えて」。迷い続けた学生時代。友人がこう言ってくれた。「おまえは人より階段の上がり方がゆっくりなんや」。そうか。人よりゆっくりかもしれないけれど、自分は自分のペースでしっかりと上がればいい。その言葉が支えになった。

 やがて見えてきたのは、「松栄堂があることで、お香を楽しんでくれる人がたくさんいる」ということだった。300年の歴史の流れの先に今があり、そこに自分がいることに気付く。「プロ意識というか、こだわりというか。そういうものを持ちながら、ほかにはできないことをやっていきたいと思います」

平成(水浅葱)から令和(薄紅)への移行をテーマにした「L’espoir はじまりの香」。1本だけ特別な製法で作った2色の香が入っている(松栄堂提供)
平成(水浅葱)から令和(薄紅)への移行をテーマにした「L’espoir はじまりの香」。1本だけ特別な製法で作った2色の香が入っている(松栄堂提供)
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■老舗らしく、急がず前向きに

 平成から令和へ。新元号を迎え、松栄堂はインターネットで資金を募るクラウドファンディングを始めた。新しい販路を見つけるためだ。「水浅葱(みずあさぎ)色が平成、薄紅色が令和の香りです。ベテランと若手、2人の調合師が新しい香りに挑戦してくれました」という畑さん。

 完成した新商品は「L,espoir(レスポワール) はじまりの香」。水浅葱と薄紅の2色の香のセットだが、よく見ると、真ん中に1本だけ2色が半々の特別な香が入っている。なるほど、火を付けると平成から令和へ、香りが切り替わるという仕掛けだ。聞くと、職人の手作りで大量生産はできない希少品ということだった。「ありがたいことに1日で目標の30万円を達成させていただきました」と安心顔の畑さん時代を香りで表現するというコンセプトが支持されたといえるだろう。

京和傘の日吉屋製のシャンデリア。組香の答えを表す図柄「系図香図」が描かれている =京都市中京区の「薫習館」(寺口純平撮影)
京和傘の日吉屋製のシャンデリア。組香の答えを表す図柄「系図香図」が描かれている =京都市中京区の「薫習館」(寺口純平撮影)
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 「会社も自分も、いろいろなトライアルをしていきたい」という畑さんだが、おもしろいのはその考え方だ。「100点にならなくてもいいんです。例えば60点からスタートしたのなら80点に、そしてさらに…というように、少しでもいい点数になるようにしていきたい」という。背景には老舗らしい考え方があった。「松栄堂には300年の歴史があります。それに対して急ぐ必要はない。けれど、必ず良くなるようにしようという意識を社内全体で共有することが大切だと思います」

 可能性を感じたことがあった。本社隣の香りのミュージアム「薫習館(くんじゅうかん)」に展示スペース「松吟ロビー」を設けたところ、展覧会やイベントで大勢の来場者が立ち寄るようになった。多くは初めて訪れる人たちだが、香りの体験や展示に興味を持ち、ツイッターやインスタグラムで情報を拡散してくれることもある。「お客様の流れが確実に変わってきたと感じています」。宗教的な用途や茶道、香道などの文化的用途から、ライフスタイルの変化に沿って癒やしの空間演出へとニーズを広げてきた香。畑さんのこれからを聞くと…。

 「三点確保が大事。製造力・販売力・営業企画力の3点がしっかりしていないと、次の開発力につながらない。その開発力があれば次の一歩が踏み出せると思うんです」。江戸時代から続く老舗企業というのは多かれ少なかれ、明治維新や先の大戦といった荒波を乗り越えてきた強者だ。変化を恐れなかったからこそ続いている。「前向きに変化していきたいですね、急がずに」

     ◇

【会社概要】松栄堂(しょうえいどう)

 300年ほど前、初代畑六左衞門守吉が創業。線香、焼香、練香、匂い袋など香りに関わる商品を企画から製造・販売までを手がける。平成30年、京都市の本社南隣に香りの情報館「薫習館」をオープン。

     ◇

【プロフィル】畑元章(はた・もとあき) 昭和56(1981)年、京都生まれ。平成4(1992)年の祇園祭で長刀鉾稚児として奉仕。立命館大学を卒業後、平成19(2007)年、家業である香老舗松栄堂に入社。製造・販売・営業を経て、現在、経営計画室室長。平成30年、専務取締役に就任。

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