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【一聞百見】未来見据え、人と企業の橋渡し パソナグループ副社長 山本絹子さん(63)

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 淡路島がおもしろい。先月には人気アニメ「NARUTO-ナルト-」をテーマにした体験型アトラクションがオープンし、昨年開業したサンリオのキャラクター「ハローキティ」の観光レストランも好調だ。国内外の観光客を呼び込み、地元の雇用創出にも奔走するのが、総合人材サービス大手・パソナグループ副社長の山本絹子さん(63)。ベンチャー企業と呼ばれたパソナ創業直後から南部靖之代表を支えて約40年、雇用創出や働き方について語ってもらった。(聞き手 豊田昌継)

■「6次産業」…活性化、問題解決はおまかせ!

 --パソナで今春、定年退職を迎えた60歳以上のシニア80人を社員として採用されたのを見て、驚きました。多くの企業がベテランの処遇に頭を悩ませているというのに…

 山本 今年取り入れた「エルダーシャイン(輝く・社員)制度」ですね。南部が昭和51(1976)年に会社を創設した直後から、派遣スタッフとしてシニア世代のパワーを肌で感じていました。突っ走る若い人たちを後ろからうまくフォローする。私も営業時代、企業の人事担当者に会っていただく際の知識やコツを、シニアの方に教えてもらいました。私どもは主婦の派遣からスタートしましたが、シニアの大切さも早い時期から分かっていました。

 --かつては「人材派遣」、現在は「総合人材サービス」。そもそもパソナとはどんな会社ですか?

 山本 よく聞かれますが、最大のテーマは企業理念でもある「社会の問題を解決する」。例えば、雇用問題があるのなら、どんな働き方をしたらいいか、どんな能力を蓄えたらいいか、などを考えていきます。一人の人間の「ライフプロデューサー」といったらいいでしょうか。

観光レストラン「ハローキティスマイル」で、キティちゃんが壁一面に飾られた部屋に立つ山本絹子さん =兵庫県淡路市(南雲都撮影)
観光レストラン「ハローキティスマイル」で、キティちゃんが壁一面に飾られた部屋に立つ山本絹子さん =兵庫県淡路市(南雲都撮影)
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 --もう少し具体的に

 山本 例えばある会社が不況で新卒採用が千人から500人になった。あふれた500人は浪人して翌年まで待つのは難しい。大学受験とは違い、社会人は既卒になると企業選択が限られるのです。いま40代半ばの人が、同じ会社で同じアルバイトを20年以上やっている…といった深刻な事態になっています。これはキャリアアップの機会を逃しているのです。私たちなら1~2年後に資格を取るなど、キャリアを積ませることができます。

 --アルバイトの件はよく見聞きしますね

 山本 中高年も同じです。大企業のリストラがいわれた平成10年代、それまで「自分の会社以外は見るな」と育てられた当時の50代の人たちが、急に「社会に目を向けろ」なんて言われてもできません。一方で、いい人材や後継者を育てる広い知識を持った人がおらず、社長自身が取引銀行と事業計画を練っている中小企業がある。

 そこをつなげたら、その中小企業が大きくなる可能性が出てくる。そうすれば新しい雇用も生まれるでしょう。ベンチャーでも中小企業でもいい会社はいっぱいあります。今起きている課題を今のうちに解決する手立てを施していく。それが私たちの仕事です。

 ■フルネームで呼ばれる場所を探して

 --学生時代は編集者を目指していたと聞きました

 山本 高校時代に同人誌のお手伝いをしていたことや父親が読書家だったこともあって。ぼんやりと児童文学に携わる仕事ができたらとは思っていました。出版社の最終面接まで残ったのですが、編集ではなく業務でと言われて…。

 --そこでパソナの前身のテンポラリーセンターへ。昭和54年に入社します

 山本 当時は就職難でしたが、新卒の女子社員を求めていて、事務所のある大阪のイトマンビル(当時)へ行きました。大阪では女子2人採用のところ、80人ぐらい来ていました。

 --その2人に入ったのですね。若い時から「女性の社会参加は当たり前」とおっしゃっていました

 山本 女性はコネがないと就職が難しい時代で、仮に就職しても3年たったら「寿退社」をしなければいけない雰囲気があった。私はどんな形でも「自分の力で生きていく人間になりたい」と思っていました。「誰々のお母さん」「誰々の奥さん」ではなくフルネームで呼ばれる場所にいたいと思ったのです。

 --まあ、40倍の競争率を突破したのですから、採用する側もそんな意志の強さが見えていたのでしょう

 山本 最終面談は南部(靖之・現パソナグループ代表)だったんです。私が聞く限りもう一人有力候補がいたそうですが、南部が拾ってくれたそうです。「あの子、根性あるんとちゃうか?」って。

阪神大震災後に立ち上げた「神戸ハーバーサーカス」で来訪したオリックス・仰木彬監督(当時)と。左から山本さん、南部靖之パソナグループ代表 =平成8(1996)年、神戸市
阪神大震災後に立ち上げた「神戸ハーバーサーカス」で来訪したオリックス・仰木彬監督(当時)と。左から山本さん、南部靖之パソナグループ代表 =平成8(1996)年、神戸市
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 --仕事の面白さを感じ始めたのは

 山本 入社3年で営業に配属されてからでした。企業の人事担当者に派遣のシステムを説明して人材を紹介する。当時は採用を控えていた企業が多かったので、興味を持って聞いてもらえました。社員採用とは違い、派遣は私たちの方にリスクがあるので企業にとっては悪くないシステムです。給料も当時のアルバイトの2倍は払っていました。

 --当時、同業他社は

 山本 外資系を中心にポツポツと出始めていました。派遣といえば、専門職が多いと思われがちですが、企業で圧倒的に多いのは一般事務と営業事務です。例えば、OA機器が出始めると、知識を身につける勉強会を。OA機器も、最初は専門職が扱っていてもいずれは誰もが使えるツールになるものです。

 --そうして仕事の幅が増えていくわけですね。常に時代の2、3歩先を読む

 山本 私が入社したころは国際テレックス業務というのがあって花形でしたが、ファクスの出現で消えました。やがてワープロ、パソコンへと発展します。この時「ツールに左右される仕事をしちゃいけないな」と実感しました。

 --そうしてキャリアを重ねた昭和60年代に「バブル景気」を迎えます

 山本 雇用に携わるだけに、あの時期は変だと思っていました。東京・六本木あたりで、入社2、3年目の若いサラリーマンが海外ブランドのスーツを着て、大きな携帯電話を携えていたのを見ましたが、本当に下品でした。派遣の人たちは、コツコツ働いて月二十数万円。正社員と遜色(そんしょく)ないとはいっても、業種によってはその倍以上、報酬が入った紙袋が立つこともあって。これはおかしいと思いましたね。

「根性があるんじゃないか、と最終面談で拾ってもらった」と笑う山本さん =兵庫県淡路市の「ハローキティスマイル」(南雲都撮影)
「根性があるんじゃないか、と最終面談で拾ってもらった」と笑う山本さん =兵庫県淡路市の「ハローキティスマイル」(南雲都撮影)
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 ■6次産業スタート 淡路島を活性化

 --バブル崩壊後、平成7(1995)年に「阪神大震災」が発生しました

 山本 震災は大きな転機となりました。それまでの人材派遣とは全く違う震災復興ビジネス。デパート作りを始めたのです。

 --JR神戸駅前の「神戸ハーバーサーカス」です

 山本 南部(靖之・パソナグループ代表)が神戸出身だったのが大きかった。当時、神戸製鋼など大手企業はもちろん、サービス業や販売業も稼働できる状況ではなかった。なんとかしたかったのですが、派遣法に制限があって人材を紹介できない。でも、直接採用ならいい。ならデパートを作ってしまおうと。

 --戸惑いは?

 山本 ありましたよ。南部がすごいのは震災から3カ月後には事業をスタートさせたこと。「うちは素人ですよ」と進言したら「みんなに助けてもらえばいい」と即決でした。トイザらスやソフマップ、エイチ・アイ・エス(HIS)、吉本興業といった企業に南部と出向き出資と出店をお願いしました。

 --すごいスピード感ですね

 山本 ところが出資は集まったけれど出店までは難しかった。そこで南部は私たちに事業計画書を練らせ5、6月ごろでしたか、朝7時に東京・赤坂にソフトバンクグループの孫正義さんやエイチ・アイ・エスの澤田秀雄さんたちを集めて「ぜひ協力してほしい」と頭を下げたんです。

 --「ベンチャー三銃士」ですね

 山本 すると、一通り説明を聞いた孫さんが「南部ちゃんさ、もう決めてんだろ」とニヤリ。その一言で皆さんが応援してくださることに。孫さんは事業計画をほぼ見ていなかったと思います。でも、ご自身で事業を立ち上げてきた方々は決断が速いんです。

 --そして、翌年4月末にオープン。震災からわずか1年3カ月後でした。それが「雇用創出」という新しい方向性を生み出す

 山本 それから私は雇用創出の仕事が中心になりました。大企業の50代社員と中小・ベンチャーをつなげる関西雇用創出機構。そこから派生して農業や飲食を通じた地域活性化。

 --政府が盛んに提唱する「地方創生」。そんな一つに私が住むここ淡路島があります

 山本 地方が豊かになって地方で人をはぐくむような国に。平成20年に「チャレンジファーム」を始めました。単なる農業ではなく、いわゆる「6次産業」を興したんです。

「淡路島の恵まれた自然環境を世界の人に」と話す山本絹子さん =兵庫県淡路市の「ハローキティスマイル」(南雲都撮影)
「淡路島の恵まれた自然環境を世界の人に」と話す山本絹子さん =兵庫県淡路市の「ハローキティスマイル」(南雲都撮影)
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 --その後は淡路島での総責任者として複合施設「のじまスコーラ」、「ハローキティスマイル」、アニメパーク「ニジゲンノモリ」などの事業を展開しています

 山本 すべて「雇用創出」が出発点です。実際、地元の多くの方々に働いていただいています。淡路島は都市圏にも近く、恵まれた自然環境を島の皆さんは満喫されていると思いますが、ぜひ世界の人たちに見せてあげてほしい。

 --入社40年。将来の展望について教えてください

 山本 女性の派遣からスタートした会社なので、女性の起業家が地方で活躍してほしい。例えば、女性が地方で起業したら自治体が支援するとか税制を優遇するとか。女性が地方へ来れば男性もついてきます。女性は度胸もありますし、ダメだったらさっさと次の手を考えますから。

     ◇

【プロフィル】山本絹子(やまもと・きぬこ) 昭和30年、京都府京丹後市生まれ。関西大学文学部卒、54年にテンポラリーセンター(現・パソナグループ)に入社。人事部長や常務を経て、平成17年にグループ会社の関西雇用創出機構社長、パソナふるさとインキュベーション社長などを歴任し、29年から現職。阪神・淡路大震災の翌年に開業した「神戸ハーバーサーカス」を成功させたほか、現在は兵庫県・淡路島の地方創生事業の陣頭指揮を執る。南部靖之代表の“右腕”として活躍する。

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