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【石野伸子の読み直し浪花女】美しき人 橋本多佳子(下)いのち の きらめき 十七音に

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日吉館での奈良俳句会。左から2人目に橋本多佳子。右に平畑静塔、西東三鬼(北九州市立文学館提供)
日吉館での奈良俳句会。左から2人目に橋本多佳子。右に平畑静塔、西東三鬼(北九州市立文学館提供)

 昭和16(1941)年、42歳で初めての句集を出した後、橋本多佳子の句作は途絶えがちになる。

 夫を亡くし、4人の娘を抱えての戦時下での生活。昭和19年には大阪の街中に住む危険を思い、奈良のあやめ池に疎開した。

 「さびしさを日々のいのちぞ雁わたる」

 この頃の句にはさびしさを詠ったものが多い。

 転機は終戦まもない昭和21年春に訪れる。奈良在住の俳人の紹介で西東三鬼、平畑静塔を紹介され、3人で奈良俳句会を始めたのだ。それは強烈な句会だった。旅館に泊まり込み、夏となれば男たちは半裸。冬には三人が三方からコタツに足を突っ込み、疲れたら眠り、目覚めたら作るという真剣勝負。「刺青の肉襦袢」や「堕し薬が煮えるうしみつ」という言葉が乱舞するすさまじいものだった。

 三鬼も静塔も俳壇に大きな足跡を残した人物だが、戦時中は新興俳句弾圧事件(京大俳句事件)で句作から遠ざかっており、三人が三様に空白を埋めようと力を尽くす戦後だった。

 「奥様時代の私の世界は完全に吹き飛ばされてしまった。私は覚悟をした。厳しい二人を向うにして悪戦苦闘することによって自分を創り直さう、知らぬ世間を知らうとした」(『日吉館時代』)

 誰もが望んで得られる環境ではない。一方、深窓の奥様が男たちと夜を徹して句作することに渋顔を浮かべる人もいただろう。しかし時と場所を得たとき、多佳子は恐れずそこに飛び込む。

 ところで「美しい人」の気配は男たちの心を乱すことはなかったのだろうか。静塔は記している。

 「いつも姿は整い、身嗜のよい人なのに、私は一回も多佳子が人前でコンパクトを使うのを見たことがなかった程、私達の間には男女の交際の感じなどはすぐに消え失せたのであった。あの三鬼さえ、多佳子を世の常の佳人としては扱わず、気の強い妹か姉としてあしらっていた」(『多佳子と私』)

 そうした鍛錬の中から名句が次々生まれる。

 「凍蝶を容(い)れて十指をさしあはす」

 「雄鹿の前吾もあらあらしき息す」

 「罌粟(けし)ひらく髪の先まで寂しきとき」

 「いなびかり北よりすれば北を見る」

 これらを収録した句集『紅絲(こうし)』が昭和26年に出版され、多佳子は俳人としての地位を確かなものにした。かつて「女誓子」と酷評された時期を乗り越え、見事に自分の世界を構築したと絶賛された。

 さて、多佳子の世界とは何だろう。

 『北を見るひと 橋本多佳子論』の著書がある倉橋みどりさん(52)は、「七曜」同人として橋本美代子さん(多佳子の4女)の指導を受け、いまは俳人協会幹事として活躍している。多佳子の世界を「いのちきらめく世界」と表現する。

 例えば先の「いなびかり」の句。北という不吉な方角に突然のいなびかりを見ながら、目をつむったり、耳をふさいだりせず、ただまっすぐ見つめ返す。

 「自分の宿命を宿命として受け入れるしなやかな強さが多佳子の信条。その強さがあるからこそ、対象に深く感応できる。十七音に閉じ込めたいのちのきらめきを時空を超えて共有できる、そこが魅力」

 句に込めた濃厚なきらめきを「強烈な官能」「女性ならではの情念」などと言い立てる声もあった。同志の静塔にして、「紅絲」は「嘆きの集」であり、その嘆きは「ヴァニティの致すところ」と書き、多佳子を立腹させたこともある。

 「ヴァニティにはいろんな意味合いがある。静塔は精神科のお医者さまですから、ちょっとからかったんじゃないでしょうか」と美代子さんは笑う。

 多佳子は生涯着物姿で過ごした。残された写真を見るとその姿はいつもすっきりと美しい。

 「おしゃれ」というエッセーを書いている。終戦後のある日、突然女性の俳人が訪ねてきた。裏山でイモを掘っていた多佳子は急いで手足を洗い、もんぺを着替えたが、少々客人を待たせた。まもなく相手は所属雑誌に「多佳子は人と会うとき、お化粧に手間取る」という文章を書いた。

 多佳子は粘つく視線をやり過ごしつつ、「おしゃれは紅や油をつけることではなく、おのれの身の隅々まで心を行届かせること」とし、それは「俳句に対しても同じこと」とこう反撃した。

 「おのれを甘やかして、泥のついたままの句や、素朴といふ名のもとに平板な句を人の前に放り出さぬやうにしたいと思ってゐます」

 美しき人は激烈だ。筆者はさぞや赤面したことだろう。

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【石野伸子の読み直し浪花女】「浪花女的読書案内」と題した冊子に

 産経新聞の夕刊(関西圏)でも好評連載中の「読み直し浪花女」が冊子になり、「浪花女的読書案内」として発売されている。連載は大阪ゆかりの作家の作品の中に浪花女像を再発見しようとスタート(夕刊では平成24=2012=年11月から)。山崎豊子、織田作之助、河野多惠子ら28人の作家を取り上げ、冊子では、この中から26人分を再編成している。

 ノーベル賞作家の川端康成は故郷・大阪をどう作品に埋め込んだか。野坂昭如はなぜ大阪時代を語らなかったか、林芙美子の絶筆はなぜ大阪だったのか。石野伸子産経新聞特別記者・編集委員が思いがけない視点から名作を解読する。

 92ページ、1500円(税込み、送料別)。冊子の申し込みは、名前、住所、郵便番号、電話番号、希望の冊数を明記し、はがき(〒556-8666(住所不要))▽FAX06・6633・2709▽電子メール( naniwa@esankei.com )―のいずれかで「冊子 浪花女的読書案内」係へ。産経新聞販売店でも申し込み可。問い合わせは、産経新聞開発(06・6633・6062、平日午前10時~午後5時)。

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【プロフィル】石野伸子 産経新聞特別記者兼編集委員。生活面記者として長らく大阪の衣食住を取材。生活実感にもとづき自分の足と感性で発見したホンネコラムをつづるのを信条としている。

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