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【石野伸子の読み直し浪花女】複眼のコスモポリタン陳舜臣(3)漢詩に生きるエキゾチック探偵 初の推理小説で江戸川乱歩賞

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昭和10年ごろの神戸の海岸通り。中央の大きな建物の西隣に陳舜臣の実家「三色の家」が写っている(神戸市文書館提供)
昭和10年ごろの神戸の海岸通り。中央の大きな建物の西隣に陳舜臣の実家「三色の家」が写っている(神戸市文書館提供)

 「枯草の根」は昭和36(1961)年、陳舜臣(ちん・しゅんしん)が初めて書いた推理小説だ。37歳で応募したこの作品で第7回江戸川乱歩賞を受賞し、作家デビューした。同年に講談社から単行本が出されている。

 物語は国際色豊かに始まる。中国系二世のアメリカ市民、マーク・顧が妻の李喬玉とともに来日する。若き妻は神戸市に用事があるという。その神戸の港にシンガポールの大富豪・席有仁が下り立つ。戦時中、上海で苦境を救われた中国人銀行家がいまは落ちぶれて神戸で小さな商社を営んでおり、かつてのお礼を込めて有利な取引に応じようと来日したのだ。

 そんな中、神戸に住む老華僑・徐銘義が殺される。彼はかつて上海の銀行に勤めていた過去があり、神戸港で偶然席と遭遇する。そこから過去につながる因縁が明らかになり、富豪の金にむらがる人々や過去の歴史がからまり、新たな事件を引き起こす。

 事件の謎解きをする素人探偵が陶展文。神戸の海岸通りにある古いビルの地階にある50歳の中華料理店店主、という地味な存在だが、拳法の達人にして漢方にも詳しい。その人物像は独特でミステリアス。魅力的だ。文中ではこんな風に紹介される。

 「陶展文は一風変わった経歴の持ち主である。華僑には珍しい陝西(せんせい)の出で、官吏をしていた父の任地福建で育った。若いころ日本に留学して法律を学んだ。数年間帰国したが、どういうわけか、また日本にやってきた。政治運動に深入りし、それにいや気がさいたのだ、と憶測する人もいる」

 因縁の銀行家が同じビル内に事務所を持っていたというかかわりから、謎の解明に一役買う。

 登場する人物の多くが中国人。小説の随所に描かれる華僑の生活ぶりも興味深い。

 陶展文は殺された老華僑とは象棋仲間であり、町の世話役から葬儀用の言葉「挽聯(ばんれん)」を書くよう頼まれる。陶はこうつぶやき言葉を探す。

 「徐銘義はすぐに人々から忘れられてしまうだろう。挽聯は式場で壇上の黒枠の写真の両がわに、うやうやしくかかげられはするが、その文句を会葬者は二日とおぼえていてはくれないにちがいない。とすれば、月並みな文句こそ、似つかわしいのだ。早く忘れてもらうために。陶展文は鉛筆をとりあげた。

 山頽木壊

 風惨雲棲

 山はくずれ木は枯れ、風が吹き雲がでる。自然のままに朽ち果てる。

 漢字の持つ奥深さに引き込まれる。華僑の人々は漢詩の世界に生きている。そこがまたエキゾチック。

 江戸川乱歩は「神戸に住む中国人たちの悠々たる大陸的風格や、中国ふうの道義観がよく出ている。殊に素人探偵役の中国人の性格が非常に面白く描かれている」と評した。

 陶展文は作者お気に入りの探偵となり、翌年には早速、長編「三色の家」に再登場している。

 前作で50歳だった陶展文は第二作では一気に28年さかのぼり、留学中の東京の大学を卒業し、帰国途中の青年になっている。舞台は戦前の神戸。「三色の家」というのは当時は典型的だった三階建ての華僑商館のこと。1階は倉庫、2階は事務所、3階が住まいになっており、陳舜臣の実家がまさにその構造だった。

 友人の実家であるその三色の家に立ち寄ったとたん、殺人事件が起きる。商館独特の構造を生かしたトリックや水産加工品の商取引の様子なども興味深い。

 陶展文シリーズは著者の創作初期に集中的に書かれたがその後も散発的に書かれた。長編4作、短編6作になっている。最後の「王直の財宝」では70歳になっている。

 「枯草の根」は直木賞候補にもなった。陳舜臣はその後しばらく、推理小説に力をそそぐ。昭和38年には「方壺園」、41年には直木賞候補となった「炎に絵を」、44年には3度目の候補となった「青玉獅子香炉」で直木賞受賞。45年には「玉嶺よふたたび」で日本推理作家協会賞を受賞している。

 やがて歴史小説へとシフトしていく。なぜか。   =(4)に続く

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【プロフィル】石野伸子 産経新聞特別記者兼編集委員。生活面記者として長らく大阪の衣食住を取材。生活実感にもとづき自分の足と感性で発見したホンネコラムをつづるのを信条としている。

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