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【映画深層】最後の主演作「教誨師」がスクリーンに刻んだ大杉漣の役者魂

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映画「教誨師」の一場面(C)「教誨師」members
映画「教誨師」の一場面(C)「教誨師」members

 「大杉漣(れん)という役者はこんなにすごいんだぞ、ということをぜひ知ってもらいたい」。今年2月に急逝した大杉漣最後の主演映画、10月6日公開の「教誨師(きょうかいし)」を撮った佐向大(さこう・だい)監督(46)は、しみじみと語る。「教誨師」は大杉が初めてプロデュースも兼ねた作品で、6人の死刑囚を相手に1対1の真剣勝負を繰り広げる大杉の姿が強く印象に残る。大杉の信任が厚かった佐向監督は「僕自身、この映画で改めて、大杉漣って本当にすごいんだと思った」と打ち明ける。

魂をぶつけ合う

 教誨師とは、刑務所や少年院などの矯正施設で説教や礼拝といった活動を行う民間の篤志家のこと。仏教系、キリスト教系、神道系などさまざまな宗教宗派の教誨師がいるが、この映画で大杉が演じる佐伯保はプロテスタントの牧師で、半年前から死刑囚の教誨活動を行っている。

 面会する死刑囚は6人。どんな問いにも応じようとしない鈴木(古舘寛治)、陽気なやくざの組長、吉田(光石研)、ぺらぺらとよくしゃべる野口(烏丸せつこ)ら個性的な面々だが、佐伯の粘り強い語りかけに徐々に心を開いていく。だが大量殺人犯の高宮(玉置玲央)だけは、全く態度を変えなかった。

 佐向監督がこのモチーフに行きついたきっかけの一つに、平成23年の東日本大震災がある。前作の短編を撮り上げた翌日に震災が起き、何を撮りたいのか、どんな題材がいいのか、自分の中で迷いが出た。

 「その間に子供もできたりして、自分の人生も変わってきた。子供の未来を守るためにどうしたらいいのかを考えたとき、真剣に人と人が向き合って魂をぶつけ合う。そういうものが一番やりたいことかもしれないと思ったんです」

 教誨師は、刑務官を描いた平成19年の映画「休暇」(門井肇監督)の脚本を書いたときに調べたことがある。勝手なイメージでは、刑を終えた後にまっとうな生活が送れるよう更生させる人と思っていたが、では社会に出ることがない死刑囚の場合はどんな話をするのか。実際に教誨師に話を聞くと、まずは相手の言葉に耳を傾けた上で「あなたは神に愛されているんですよ」と諭すのだという。

 「社会に適合できなかった人たちをちゃんと受け入れてあげることが大事なんです。それを作品の骨格にしようと思いました」

新入社員と無名の俳優

 大杉とは、以前から映画を一緒に撮ろうという話はしていたが、3年ほど前にこの企画を持ちかけたところ、「それ、いいんじゃない」とすんなり主役を演じてくれることになった。

 大杉との接点は、佐向監督が映画の宣伝マンだった20年以上前にさかのぼる。成城大学の学生時代、友達相手に見よう見まねで撮った自主映画を神奈川県映像コンクールに出品したところ、審査委員長の大島渚監督に認められ、審査員特別賞を受賞。卒業後はケイエスエスという映画会社に入るが、ここで大杉と運命の出会いをする。

 ある日、黒沢清監督の映画でトークイベントが開かれ、出演者だった大杉が観客で来ていた。「打ち上げに大杉さんも呼んできて」と先輩にいわれた新入社員の佐向監督は、実は大杉の顔を知らなかった。

 「映画館のポスターを見ている背の高い人がいて、あの人が大杉さんかなと思って声をかけたら、『君、僕のことわかるの』っていわれた。もちろんです、と答えたが、それが最初でした。後に大杉さんにその話をしたら、全然覚えていなかったんですけどね」

早く次の作品を考えてよ

 その後、大杉が主演した「棚の隅」(18年、門井肇監督)で宣伝を担当するなどするうち、自主映画を見てもらうような仲になり、「本当は映画を作りたいんでしょ」といった話をするようになる。初の商業映画「ランニング・オン・エンプティ」(21年)では大杉が友情出演で参加。今では大杉の事務所に所属するほど、信頼を置かれる間柄になった。

 「理由をご本人に確認したことはないが、大杉さんは面白いと思えば学生映画にも出るような方ですからね。何か面白いことができそうだなと思っていただいたのかなと感じています」

 その信頼が実を結び、佐向監督、大杉主演の長編映画として実現したのが「教誨師」だった。大杉はプロデューサーとして資金面で援助し、脚本やキャスティングなどでもアイデアを出してくれた。昨年12月には初号試写(完成に向け最終チェックのための試写)が行われ、大杉も駆けつけたが、かけられた言葉は「早く次の作品を考えてよ」だった。

 今年2月、事務所の新年祈祷(きとう)で顔を合わせ、「映画のプロモーション、頑張ろうね」と声を交わしたのを最後に、大杉は帰らぬ人となった。「信じられない、というか、えっ、なに言ってんの、みたいな感じでした」と佐向監督は今もショックを隠せないが、大杉の役者魂は確実にスクリーンに刻み込まれている。

 「大杉さん自身、こういう映画を作る意味は絶対にあるとおっしゃっていた。何の因果か、生きるということを追求した作品ですからね。ただ供養になるといった言い方って、大杉さんは絶対に嫌だと思う。いろいろ考えずに映画だけを見て、って言うんじゃないかなと思います」(文化部 藤井克郎)

 佐向大(さこう・だい) 昭和46年、神奈川県生まれ。成城大学在学中に撮った自主映画「夜と昼」(平成7年)と続く「車をさがす」(10年)が、神奈川県映像コンクールで特別賞を受賞。18年の「まだ楽園」は劇場公開され、21年「ランニング・オン・エンプティ」で商業映画デビューを飾る。監督作はほかに短編「ソラからジェシカ」(23年)など。脚本家としても活躍し、「休暇」(19年、門井肇監督)のほか、「アブラクサスの祭」(22年、加藤直輝監督)、「BRIGHT AUDITION」(26年、遊佐和寿監督)、「ホペイロの憂鬱」(29年、加治屋彰人監督)などを手がけている。

 「教誨師」は、10月6日から有楽町スバル座(東京都千代田区)、池袋シネマ・ロサ(東京都豊島区)、シネマ・ジャック&ベティ(横浜市中区)、名古屋シネマテーク(名古屋市千種区)、テアトル梅田(大阪市北区)、京都シネマ(京都市下京区)、小倉コロナシネマワールド(北九州市小倉北区)、フォーラム仙台(仙台市青葉区)など全国で順次公開。

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