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【歴史戦】日本おとしめるマニラ慰安婦像設置の舞台裏 「歴史委員会」暴走、中韓系の関与あったのか?

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日本おとしめるマニラ慰安婦像設置の舞台裏 「歴史委員会」暴走、中韓系の関与あったのか?

歴史戦更新
マニラの「慰安婦像」除幕式の案内状の式次第には、エストラーダ市長、歴史委員会のエスカランテ委員長、バドイ事務局長らの名前が並ぶ 1/9枚

 フィリピンのマニラ湾を臨む遊歩道に、日本軍占領下(1942~45年)の慰安婦を象徴するフィリピン人女性の像が設置された。2017年12月8日の除幕式は、マニラ市や政府機関からも“来賓”を招いて行われた。先の大戦で日米の激戦地となったフィリピン。戦後は日比双方の努力で良好な関係を築き、2016年(平成28年)1月には天皇、皇后両陛下が訪問されきずなを強めた。にもかかわらず、日本人をおとしめる「慰安婦像」がなぜ出現したのか。現地での取材からは、政府機関である「フィリピン国家歴史委員会」の暴走ぶりと、地元の華人組織を駆使した中国の謀略が透けてみえた。(マニラ 吉村英輝、写真も)

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碑文「極めて異例」

 「マスコミには対応しないよう言われているが、仕方ない。知っていることは話します」

 首都圏マニラ市にある政府機関「フィリピン国家歴史委員会」の建物内で17年12月13日、ある委員が匿名を条件に取材に応じた。

 中国系メディアだけを集めて行われた慰安婦像の除幕式は8日の金曜。11日の週明け月曜、記者(吉村)はシンガポールから同委員会にメールや電話で何度も問い合わせたが応答がない。翌12日にマニラに飛び、同委員会を直接訪ねたが、事務員から「対応できる委員が外出から戻ったら連絡するから外で待て」と告げられ待った。夜になって再訪すると「もう帰ってしまった」とのこと。13日にこの委員の部屋に押しかけ、ようやくつかまえた。

 この委員は、人権団体から慰安婦像への碑文作成要請があったのは17年10月だったと、困惑気味に記憶をたどった。同委員会は、年間約30件の碑文を全国の歴史建築物などに設置しているが、新設の銅像が対象となるのは「きわめて異例だった」としつつ、「マニラ市からの協力要請があったので受けた」と弁明した。

「日本に他意はない。信じて」

 日本政府が12月12日に遺憾表明したことで委員会内は「大騒ぎになった。韓国出張中のエスカランテ委員長からは、『自分が帰国後対応するから取材などに応じるな』との指示を受けた。銅像は民間団体からの寄贈で、私たちの責任は碑文のみ。委員会は除幕式にも招かれただけだ。日本に対する他意はない。信じてほしい」と訴えた。

 同委員会は、フィリピンの歴史や英雄に関する文化遺産や歴史的記念物の保全を行い、政府内でも独立性が保証されている。だが、委員6人はそれぞれ歴史の専門家。碑文には「慰安婦」との言葉はないものの、「日本占領下の1942~45年に虐待を受けたフィリピン人女性犠牲者の記憶」とある。日本側に相談もせず、外交問題に発展している慰安婦の碑文を安易に作成したことは、軽率のそしりを免れないだろう。

マニラ市「式典呼ばれただけ」

 では誰が公共の場への像設置を許可したのか。

写真ギャラリー

  • 12月8日にマニラで行われた「慰安婦像」除幕式の案内状。政府機関の「フィリピン国家歴史委員会」のマークが印刷されている。
  • 12日、フィリピンのマニラ湾に面した遊歩道に建った慰安婦像を見つめる人
  • マニラにある政府機関「フィリピン国家歴史委員会」の建物正面
  • 12日、フィリピンのマニラ湾に面した遊歩道に建った慰安婦像が夕日に浮かぶ
  • 12日、フィリピンのマニラ湾に面した遊歩道に建った慰安婦像を見つめる人々
  • 12日、フィリピンのマニラ湾に面した遊歩道に建った慰安婦像の台座。英語で寄贈者の名前が刻まれているがほとんどが中国系だ
  • 12日、フィリピンのマニラ湾に面した遊歩道に建った慰安婦像の台座下に埋められたプレート。英語で説明書きされている