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【2000安打・阿部慎之助を追う】高校受験の失敗がいまの巨人での人生に! それでも「高校3年間あまり良い思い出はない」

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高校受験の失敗がいまの巨人での人生に! それでも「高校3年間あまり良い思い出はない」

2000安打・阿部慎之助を追う更新
阿部は2017年8月13日の広島戦で49人目となる通算2000安打を達成した 1/7枚

 巨人の阿部慎之助(38)がプロ野球史上49人目となる通算2000安打を達成した。巨人の生え抜き選手では1980年の柴田勲以来5人目、37年ぶりの快挙だ。プロ17年目での偉業の陰で、人知れぬ苦労もあったことだろう。高校時代に指導した恩師は「プロになる」という高い意識を努力の原動力にしていたと指摘した。

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 阿部にとって、高校受験の失敗がなければ、野球人生は大きく違うものになっていたかもしれない。第1志望だった高校にまさかの不合格。2次募集をしていた安田学園(東京)に、何とか滑り込んだ。

 同校の中根康高監督(当時)は、中学時代の阿部のことをほとんど知らなかった。もともと阿部が志望していた学校の野球部の監督と知り合いで、その人からどんな選手か聞いていた程度。阿部のプレーは入学直前に初めて見たという。「体つきはちょっとポチャッとして、柔らかいキャッチボールしているなという感じ。バッティングはミートのうまい選手だなという印象」。他の選手と比べてずば抜けてうまい、というほどではなかった。

 入部当初はレギュラーではなかったが、阿部のプレーは堂々たるものだった。控えメンバー中心に組んだ練習試合で、捕手として試合に出場。上級生の野手に向かって「レフトこっち」「ライトこっち」と守備位置を指示していた。中根監督は「普通だったら上級生に交じったら気後れしてできない。ちょっとモノが違うなと思った」と振り返る。

 また、野球に対する意識の高さが別次元だった。「(阿部の)同級生に話を聞いたら、入部したときから『将来プロ野球選手になるんだ』と言っていたようだ。『なりたい』ではなく『なるんだ』と」(中根監督)。当時ほぼ無名だった阿部は、目標を高く掲げることで、汗を流す原動力にしていたようだ。

 安田学園はJR両国駅に近い墨田区にあるが、野球練習場は遠く離れた千葉県鎌ケ谷市にある。野球部の全体練習は午後4時ごろとちょっと遅めのスタートで、午後9時ごろまで。その後に行う個人練習で、全体練習で足りない部分を補っていた。

 中根監督は「1年生なんかは体力的にも精神的にも大変なので、早く帰っちゃうが、慎之助は最後まで残ってやっていた」と思い返す。その努力の成果は徐々に実を結び、1年生の夏の段階ですでにレギュラーを奪取。上級生にうまい捕手がいたため、ポジションは三塁手だった。甲子園予選の東東京大会で敗れ、3年生が引退してから正捕手に座についた。

 「1年生のときって、そんなに本塁打を何本もというタイプではなかった。それがバットを振って、トレーニングやって、体が大きくなって、天性のミート力にボールを飛ばすという力が備わってきた」(中根監督)

写真ギャラリー

  • 阿部が高校3年間を過ごした安田学園高の中根康高監督(当時)。現在は野球部監督を退き、同校で勤務している
  • 2001年、ルーキーの阿部(中)を抜擢し、大きく育てた当時の長嶋監督(左)と原コーチ
  • 2007年8月13日、通算2000安打を達成し、感無量でボードを手にする巨人・阿部
  • 2007年8月13日、通算2000安打を達成した阿部はスタンドのファンに向かって深々と頭を下げた
  • 2007年8月13日の広島戦で通算2000安打を放った阿部をベンチの巨人ナインは笑顔出迎えた(鳥越瑞絵撮影)
  • 2007年8月13日、通算2000安打を達成した阿部は、広島・新井(左)からも祝福された