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【揺れる「祝祭」(1)】新国立、責任なすり合い「文科省もJSCも素人」

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新国立、責任なすり合い「文科省もJSCも素人」

揺れる「祝祭」(1)更新

 責任の所在がようやく示された。政府は21日、安倍晋三首相が白紙に戻した新国立競技場の整備計画を再検討する、関係閣僚の初会合を開いた。議長は遠藤利明五輪相、脇を固めるのは菅義偉官房長官や麻生太郎財務相ら政権の中枢。「内閣全体として責任を持って建設を進める」。安倍首相はこう明言した。

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 2020年東京五輪・パラリンピックは、いまだメーン会場の輪郭が描けない。事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)が、デザインを手がけた建築家、ザハ・ハディド氏の事務所などと結んだ契約は計約60億円。大半は支払い済みだ。JSC側は未了の業務について「払わずに済むよう交渉する」というが、東京の掲げた「コンパクト五輪」は壮大な無駄遣いで早くもつまずいた。

 政府はJSCを所管する文部科学省を見限り、国土交通省に主導権を渡す。同省には「官庁営繕部」という部署がある。他省庁が大型施設を建てる際に予算を預かり、設計段階から完成した建物の引き渡しまで全て請け負う大型公共工事のプロだ。新国立の計画も、同部が担うとみられる。

 文科省が旧国立の改修に向けて調査費を計上したのは12年度だった。耐震化工事を施し、7万席以上の規模に改修した場合の試算が800億円。約7万2千席の日産スタジアム(横浜市)が約600億円で「これだと建て替えてもあまり変わらない」と、文科省幹部は楽観していた。

 同省は1級建築士の資格などを持ち、学校建設に携わる部署の職員らをJSCに送り込んだが、大型事業への不慣れを懸念する声も省内にあった。東日本大震災からの復興で、人件費や資材の高騰も予見された。

 総工費は当初の予定から2倍近い2520億円に膨らみ、政府関係者からは「文科省もJSCも素人集団。最初から国交省に任せればよかった」と、時すでに遅い嘆き節が漏れる。

 難工事が予想される2本の巨大なアーチに、ゼネコン関係者も建設費が高止まりする恐れを指摘していた。業者の独自試算は3千億円。「もっと安くなるのでは」「座席を減らせば」。JSCの求めに応じ、常設席の一部仮設化や開閉式屋根の設置先送りなどの「引き算」を重ねた結果が2520億円だった。

 世論は「計画反対」に傾き、内閣支持率は急落。白紙撤回は「この一手」だった。一方、計画の中心にいた人たちの言動からは、当事者意識が抜け落ちている。JSCの河野一郎理事長は「契約していいと言ったのは文科省。ダメだというなら、まずいのは文科省だろう」。下村博文文科相はデザイン選定にかかわった建築家の安藤忠雄氏に説明責任を丸投げし、安藤氏は「デザインを選んだだけ。なぜ2520億円になったのか私も聞きたい」。

 問題をこじらせた責めを誰も背負う気配のないまま、JSCは23日、競技場の将来構想を話し合う有識者会議を解散した。安藤氏らが名を連ねたこの会議もまた、アーチ構造の維持や開閉式屋根の設置を主張し、総工費の押し上げに一枚かんだ当事者である。

「競技の舞台」置き去り 嘆く選手ら、財源も見えず

 「そんなにお金をかける必要があるのか、疑問だ」

 宮城県石巻市の仮設住宅で暮らす男性会社員(72)は首をかしげた。別の仮設住宅に住む建設業の男性(51)も「無駄遣いをして『復興五輪』と言われても、冷めた目でしか見られない」。

 総工費が2520億円に達した新国立競技場への反発は、スポーツ界への逆風を招く恐れがあった。2020年東京五輪・パラリンピックの開催にも悪影響が出かねない状況だった。

 世論に敏感だったのは、アスリートたちだった。女子マラソンの五輪メダリスト、有森裕子氏は「オリンピックが負の要素のきっかけに思われるようなことは本望ではない」と涙ながらに建設計画への反対を訴えた。元陸上男子代表の為末大氏も「経済的に負担が大きすぎる。スポーツがお荷物だと思われるのはいや」などと自身のブログで批判を展開した。

 これらの批判は遅すぎた観がぬぐえない。意見できる時間は、これまで十分にあったからだ。

 特徴的な2本の巨大なアーチについて、デザイン選定にかかわった建築家の安藤忠雄氏は「日本の技術の挑戦」というロマンしか語らず、JSCの有識者会議に加わったスポーツ界の代表者は「斬新なデザインは国際公約」と安易に計画を支持した。「スポーツの舞台」を建てるという意識が乏しかったことは、関係者が総工費を顧みず、「こんな機能も加えてほしい」と要望を重ねるだけの議論をみれば明らかだった。

 陸上の国際大会で、選手が調整するために必要なサブトラックは、新国立に併設されない見通し。20年大会は仮設でしのぐ方針だが、日本陸上界にとっては五輪が最初で最後の国際大会になりかねない。それどころか国内大会でさえ、開催が難しくなる。

 8万人の常設席はサッカー界も譲れない。旧国立の造りは国際サッカー連盟(FIFA)の規定を満たさず、02年ワールドカップ(W杯)日韓大会では首都東京で1試合もできなかった苦い記憶がある。

 可動席を使った最大8万人収容の基本設計から、コスト削減のため1万5千席が着脱式の仮設へと変更された。JSCの有識者会議メンバーである日本サッカー協会の小倉純二名誉会長は「このままではW杯が開けない」と激しく抗議したが、今後新たに策定される計画では、規模がさらに縮小される恐れもある。

 19年に開かれるラグビーのW杯日本大会も、新国立で予定した開幕戦と決勝戦の会場変更を余儀なくされる。

 新たな建設計画では、20年春の完成を目指すという。政府は工期短縮や総工費の抑制を優先し、デザインと設計、施工を一括した「デザインビルド」方式を採用する。ただし、総工費の落としどころを探る議論はこれからだ。

 財源の見通しも依然として立たない。国がこれまでに確保した財源は600億円余り。超党派のスポーツ議員連盟は、スポーツ振興くじ(toto)の売り上げの10%分を新国立に回せるように法改正を目指す。現行法は5%。totoは本来、スポーツ振興や選手強化に活用するスポーツ界の貴重な財産だ。20年五輪で世界3位の金メダル数を目指す日本のスポーツ界からは「財源が新国立に流れることで、強化に影響が出る」と懸念の声が上がる。

 「皆さんの地元では、狭いグラウンドで野球部とサッカー部が一緒に練習していないか。空調のない体育館でクラブ活動が行われていないか。先進国の中で日本のスポーツ環境は遅れている」。17日の自民党の会議で、出席議員の1人が語気を強めた。totoの収益はスポーツ環境の改善のために必要であり、ハコモノに使うべきではない-。“打ち出の小づち”のごとく、収益を新国立へ回そうとする安易な動きへの非難であり、正論だった。

 「政治主導」で進む新たな整備計画で、蚊帳の外に置かれてきたスポーツ界の声はどう反映されるのか。残り5年という節目を迎えても、新国立の将来像は一向に見えてこない。

 東京五輪の開幕まで、24日で残り5年。競技会場の変更など相次ぐ方針転換は、東京が招致で掲げた「安心、安全、確実」に疑問符を突きつける。揺れる「祝祭」の行方を追う。