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【挿絵で振り返る『アキとカズ』】(38)「拉致」を吹っ飛ばした、成田空港「管制塔占拠事件」

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【挿絵で振り返る『アキとカズ』】(38)「拉致」を吹っ飛ばした、成田空港「管制塔占拠事件」

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「アキとカズ」第217回(西口裕之) 産経新聞の連載小説『アキとカズ』は物語を「1978年の東京」に舞台を移している。元号ならば昭和53年。それはどんな年であったか。

 今やテレビの音楽番組は見る影もないが、この年1月にはTBS系の「ザ・ベストテン」がスタート。「サウスポー」(ピンク・レデュー)「プレイバックPart2」(山口百恵)などがヒットした。4月にはキャンディーズが後楽園球場で解散コンサートを開催。6月には、サザンオールスターズが「勝手にシンドバッド」でメジャーデビューしている。

 国政を担当していたのは、ほぼ1年にわたって福田赳夫内閣。4月には、大韓航空機がソ連領空を侵犯したとして銃撃され(15人死傷)、8月には日中平和友好条約が調印された。

 冷戦下の東西対立がまだまだ激しい時代である。3月26日には開港を4日後に控えた新東京国際空港(現成田空港)の管制塔が、空港反対派に占拠され、管制機器をメチャメチャに壊されるという日本を揺るがす大事件が起きた。

 成田空港をめぐる反対闘争が当時、どれだけ激しかったか。最近公開されたドキュメンタリー映画『三里塚に生きる』(大津幸四郎監督)に詳しい。地元農民に過激派が加わった反対派は、機動隊と激しく激突。互いに死者まで出す一大社会問題となった。

 そんな折、開港直前に管制塔を占拠されてしまった(開港は2カ月の延期)のだから、日本政府の、とりわけ警備・公安当局のメンツは丸つぶれになった。幹部の頭の中が「過激派対策一色」に染まってしまったのも無理ないだろう。

 だが、1978年という年は、日本人拉致事件にとっても極めて重要な年であったのだ。

 政府認定の拉致被害者17人にかかわる事件は、前年の1977年9月の「宇出津(うしつ)事件」(久米裕さん拉致)から始まって、同年11月には、横田めぐみさん拉致、78年に入ってからは、田口八重子さん拉致(6月ごろ)、蓮池薫さん、地村保志さんら、3件のアベック拉致事件(7~8月)、曽我ひとみさん拉致(8月)と相次いで発生しているのだ。

 最初の宇出津事件では、拉致の協力者であった在日朝鮮人の男が警察の調べに「久米さんを連れ出し、北朝鮮の工作員に引き渡した」ことを認めた。警察は後に、押収した乱数表から北朝鮮が使った暗号の解読にも成功している。

 つまり、この時点で警察サイドは、久米さん失踪が、北朝鮮工作員による拉致事件である疑いをかなり強めていたのだ。

 だが、当時を知る警備・公安当局の元幹部は、「(北朝鮮による拉致の情報も)成田空港管制塔占拠事件の発生で、いっぺんに吹っ飛んでしまった。当時はまだまだ(外事の事件よりも)国内の過激派対策に重点が置かれていたからだ」と振り返る。

 結局、逮捕された在日朝鮮人の協力者の男も「北朝鮮へ行ったのは久米さんの意思だった」と供述したために、検察は起訴猶予処分にしてしまう。

 もしこのとき、「もう一歩踏み込んで捜査ができていれば」と返す返す残念に思う。警備・公安当局だけの責任ではない。政治も官僚もマスメディアも、である。(『アキとカズ』作者、喜多由浩)

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