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【秘録金正日(2)】最後に頼ったのは「ほれた娘」“影の後継者” 死の間際に知った正恩らの失敗と裏切り

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最後に頼ったのは「ほれた娘」“影の後継者” 死の間際に知った正恩らの失敗と裏切り

秘録金正日(2)更新

 晩年になって、金正日(キム・ジョンイル)は長女の金雪松(ソルソン)(39)と話し込む回数が増えた。

 彼女は公の場にめったに顔を出さなかったが、2002年8月、父親のロシア訪問に同行し、その姿が目撃されている。一行を案内した元ロシア政府高官のコンスタンチン・プリコフスキーによると、雪松は身長約165センチ、色白の美人で、中尉階級の肩章を着けた軍服姿だった。

 「私は、娘(雪松)にほれている。彼女も後継者の一人と考えている」と、金正日はプリコフスキーに告げたという。

 雪松は金正恩(ジョンウン)とは母親が異なり、金正日の夫人として知られる5人の女性の中で唯一、正式に結婚した金英淑(ヨンスク)との間に生まれた。幼少時代、父だけでなく、祖父の金日成(イルソン)の愛情を独占したといわれる。

 金正日の晩年のスケジュールを管理し、現地視察にも影のように付き従った。各部署から上がる書類にも目を通し、父に代わって重要案件を処理することもあるほど金正日が信頼した。

 北朝鮮元高官は、心身とも疲労する中、会う相手に長女を選んだのは、「後継者に指名したはずの金正恩に対する落胆がそれほど大きかったからだ」とみる。

欠陥ダムに失望

 金正日が死亡した11年12月16日に受けた電話は、金正恩が「取り返しのつかない失敗」を直接、告げたものだった可能性が高い。証言や資料を総合的に分析すると、「強盛大国」実現の基幹プロジェクトであり、北朝鮮最大の水力発電所として完成を急いできた北部慈江道(チャガンド)の煕川(ヒチョン)水力発電所建設に関し、「決定的な欠陥が見つかった」という報告についてだ。

 「ダムから漏水が発見された。安全性に問題があり、工期も遅れている。仮に完成しても発電量は当初見込みの20%に満たない」。こうした報告に金正日が激怒したのだろう。

 プロジェクトの指揮は、金正恩に執らせていた。自分が全力でサポートし、国の総力を注いできた発電所建設に「決定的欠陥」が見つかったことを初めて知り、金正日がどれだけショックを受けたかは想像に難くない。

 01年に着工するも放置状態が続いたが、09年、金正日が現地指導でてこ入れし工事が再開。当初の10年計画を修正し3年以内の完成を指示した。金正日の指示は「絶対」かつ「国是」のはずだった。

 軍人や住民、工場労働者、学生を動員。つるはしとスコップだけで基礎工事が3カ月で「完成」し、「一般工事に比べ7倍もの速度」で成し遂げたと喧伝(けんでん)された。朝鮮労働党機関紙、労働新聞は「強盛大国に突き進む新世紀朝鮮のシンボルだ」とたたえた。

 その後も頻繁に現場に足を運んだ金正日は、宣伝を真に受け、完成すれば、平壌や周辺の慢性的な電力不足を一挙に解決できると信じていたようだ。

虚偽報告に怒り

 建設は順調に進んでいるかに見えた。金正日は付近一帯の工場に供給される電力やトラック、重機を煕川に投入するよう指示した。ところが、煕川に引き込む電線が確保できず、トラックも燃料不足で動かない。そんなところに、こともあろうに金正恩がダム建設に使う高強度のセメント約1千トンを別の都市化建設に回すよう指示した。計画の空回りは、誰の目から見ても明らかだった。

 11年1月、金正日は中央本部党委員会で、煕川問題を持ち出し、「責任を負うべき者が虚偽の報告をするから必要な措置が取れない」と指揮を執る息子ら幹部を強い調子で叱責した。

 脱北者によれば、工期を短縮するため、規格外の強度の弱いセメントを使ったり、土を混ぜたりした。セメントが乾くのを待たずにさらにセメントを注ぎ込むこともざらにあった。

 幹部、労働者を問わず、皆が都合のいい報告だけを上げ、最高指導者をだまし続けてきたのだ。そこには後継者たる正恩も含まれる。そのことに最後の最後で気付かされた。息子の責任を問い、後継者体制を見つめ直すにも残された時間はなかった。金正日が目指した「強盛大国」は、はかない夢に終わった。=敬称略

(龍谷大教授 李相哲)

【プロフィル】李相哲(り・そうてつ) 龍谷大学社会学部教授。1959年、中国黒竜江省生まれ。両親は朝鮮半島出身。中国で新聞記者をへて87年に来日。上智大学大学院博士課程修了(新聞学博士)。韓国政府関係者や脱北した北朝鮮元高官とパイプを持ち、北朝鮮の政情分析に定評がある。著書に『金正日と金正恩の正体』(文春新書)、『朴槿恵の挑戦』(中央公論新社)。テレビのコメンテーターとしても活躍。日本国籍。