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【日本の議論】“役所天国・鎌倉市”お手盛り給与「わたり」 市議会から「即時廃止」迫られ「組合」熾烈防戦

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【日本の議論】“役所天国・鎌倉市”お手盛り給与「わたり」 市議会から「即時廃止」迫られ「組合」熾烈防戦

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「地方公務員に権利はないのか」と記された鎌倉市職員組合のビラ 地方公務員に実際の役職に見合う額よりも高い給与を支給する、いわゆる「わたり」制度。神奈川県内で唯一残った「わたり」の廃止をめぐって今秋、鎌倉市議会と、同市・同市職員労働組合との間で激しい攻防が繰り広げられた。短期間での大幅な給与削減を避けるため、緩和措置導入をもくろむ組合側と市に対し、即時廃止を主張する市議会が真っ向勝負を挑んだ展開は、かつて「日本一高額な退職金」を誇り、“お役所天国”と呼ばれた鎌倉市の「負の遺産」を改めてクローズアップさせた。(川上朝栄)

■全国の組合から“支援”、檄文続々

 「ブラック企業と同じ」「市議会議員は無能だ」-。9月下旬、同市役所2階にある市長室近くの掲示板にこのような張り紙が掲示された。「わたり」の即時廃止に抵抗する市職員労働組合を支援する全国の組合から届いた「応援ファクス」が、市民が行き交う通路の掲示板に張り出されるという“暴挙”が、古都の9月議会に波乱を巻き起こした。

 「(張り紙は)議会を侮辱し、冒涜(ぼうとく)するものだ」。

 9月26日、議会最終日の本会議で、こう糾弾した上畠寛弘市議(26)=自民=に対し、松尾崇市長(41)は「鎌倉市職員が発言したのならお詫びを申し上げるところだが、そのようなことではない」と組合側を“弁護”。

 さらに松尾市長は「職員の士気に与える影響が懸念される」として、岡田和則市議(64)=民主=らを中心に市議会側が提出した「わたり」の即時廃止を含んだ職員給与条例改正案の修正案について、審議やり直しを求めた。

 当局側、市議会側が一歩も譲らない展開のまま、採決の瞬間が近づく。ピリピリしたムードが高まる中、傍聴者による野次や妨害を懸念した議会事務局が、事前に「野次などがあれば即座に傍聴席から排除する」ことを通知するほどだった。

 普段は空席が目立つ傍聴席(62席)は、“応援”で近隣自治体から駆け付けた組合関係者とみられる人々で満席。「ここ30年間にはない盛況ぶり」(議会関係者)となったが、排除されるのを警戒したのか、採決の瞬間には、傍聴席は水を打ったように静まりかえった。

 結局、採決では妨害もなく、議員側による修正案が粛々と賛成多数で可決され、攻防はあっさり幕切れとなった。

■職員の“逃げ得”も判明

 「わたり」は、団塊世代の地方公務員を中心に人事ポストが限られるなか、長年務めた職員らの昇給を確保するために慣例になってきた。

 実際の職務階級よりも上のランクの給与を支給するという「職員厚遇」は組合の利権の温床にもなっており、総務省が平成22年に自治体に通知し、全国で制度廃止が相次いだ。しかし25年4月1日現在でも全国69自治体で「わたり」が実施されたままで、鎌倉市の場合、係長職である5級の中に、実際は下の役職である主査105人が含まれていた。

 市は財政が厳しさを増す中、「わたり」廃止に向けた検討に着手。しかし、「わたり」が廃止されれば、年間給与額は1人当たり約123万円(約15%)、最大約144万円(約18%)の大幅削減になることから、8月下旬の組合側との交渉の結果、大幅な賃下げを避けるための緩和措置として6年間にわたって減額幅を年間1・5%にすることで合意していた。

 ところが、この合意に待ったをかけたのが市議会だった。「わたり」の恩恵を受けている市職員の平均年齢は50代半ばで、6年間に及ぶ給与削減では、「わたり」の恩恵を受けた職員のほとんどが退職するという「逃げ得」になってしまうことが判明したからだ。合意に基づく緩和措置を講じた場合、6年間で削減総額は13億円にとどまるが、「わたり」の即時廃止では19億円となることも分かり、市議会側が市側の消極姿勢に対し追及を強めた。

 危機感を抱いた組合側は、即座に対応に動いた。「緊急署名」として庁舎内で400人分を超える署名を集め、市長と市議会議長あてに提出するなど“圧力”を加えたが、最終的には、「緩和措置」を盛り込んだ市長提案の条例改正案について市議会が「即時廃止」にまで踏み込み、修正して可決するという前代未聞の事態に。「なぜこうなったのか…」。組合幹部はうなだれた。

■それでも諦めぬ組合側「提訴も」

 同市の「職員厚遇」の歴史は約45年前にさかのぼる。昭和45年に革新市政を敷く正木千冬市長が誕生。富裕層を多く抱える同市は、豊かな財政を背景に勧奨退職金の最高額を90カ月分から130カ月分にまで大幅にアップさせた。これを受け、1980年代には市職員が各省事務次官をしのぐ5千万円以上の高額退職金をもらうケースが続出、「退職金日本一のお役所天国」という不名誉な“勲章”を得るまでになった。

 その後、退職金引き下げが行われたものの、職員厚遇体質は変わらず、「わたり」が最後の砦として残ったのだ。

 「わたり」廃止後初の給与支給日となった10月20日、中には月給で最大8万円程度の減額になった市職員もいるとみられる。組合側は労使合意の「白紙化」というまさかの事態に、現在も「提訴も含めて検討中」としている。

 自治体財政に詳しい東洋大経済学部の松原聡教授(経済政策)は「『わたり』については、総務省が是正を通知しているにも関わらず、引きずっていたこと自体が重大な問題」と指摘したうえで、「行政に対するガバナンス(組織統治)機能を発揮できていない地方議会がほとんどだが、鎌倉市議会は、組合と市との癒着に対して力を発揮した。稀有なケースだ」と評価している。

 かつて、退職金問題に切り込んだ経験もある松中健治市議(72)=無所属=は「革新市政の負の遺産を精算する絶好の機会となった。ここまで来るのに40年以上かかったが、市政正常化の端緒となったのではないか」と感慨深く語った。

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