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【日本の議論】血だらけの被害者、遺体刺し傷、裁判員追い込む激しき「証拠」…それでも配慮の“証拠加工”に異議の「二律背反」

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【日本の議論】血だらけの被害者、遺体刺し傷、裁判員追い込む激しき「証拠」…それでも配慮の“証拠加工”に異議の「二律背反」

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請求が棄却され、記者会見する原告の女性。会見の間、ハンカチを握りしめていた=9月30日、福島市の県弁護士会館 裁判で殺害現場の写真を見るなどしたために急性ストレス障害になったとして、元裁判員の女性が国に損害賠償を求めた訴訟は、1審で原告側敗訴となったものの、施行から5年を迎えた裁判員制度に課題を突きつけた。女性は、裁判員制度は憲法が禁じる「苦役」に当たると主張。各地裁では遺体写真などの「衝撃証拠」を白黒やイラストに加工する“配慮”も見られるが、「人を裁く以上、証拠を直視すべきだ」との声もあり、意見は割れている。

衝撃証拠、頭から離れず…包丁握れなくなりはさみで料理

 「裁判員で病気になっても我慢しろということか。市民が犠牲になっても仕方がないという判決だ」

 9月30日。福島地裁の判決後に会見した元裁判員の女性(64)は、「請求棄却」という結論への疑問を口にした。

 女性の元に、福島地裁郡山支部から呼出状が届いたのは平成24年12月。《当裁判所で審理を行う刑事事件について、裁判員(及び補充裁判員)を選任する手続を行います》と書かれていたが、特に目に留まったのは、その下に書かれた「注意事項」だった。

 《正当な理由がなくこの呼出しに応じないときは、10万円以下の過料に処せられることがあります》

 「自分に人を裁くことができるのか」と考えたという女性。今年5月の取材では「当時の勤務先に10万円を出してもらえないか相談した」と辞退を検討したことを明かし、「今考えると、10万円払った方が良かったんじゃないかと思う」と振り返った。

 裁判所で強盗殺人事件であることを知らされ、「ある程度のものは覚悟していた」というが、公判で示された証拠は想像を超えていた。

 血の海に横たわる被害者、遺体の刺し傷…。

 ハンカチで口元を押さえながら、画面に映し出されるままに、次々とカラー写真を目にした女性。消防への通報に残された「助けて」という被害者のうめき声とともに、頭から離れなくなったという。

 昼休みには、弁当の大半を残し、トイレで吐いた。「自分が辞退したら周りに迷惑をかけてしまう」との思いから裁判所に通い続けたが、体調の異変が続いた。

 「評議室の卓上に凶器の包丁があり、顔を上げると目に入る。これで(被害者を)殺したかと思うときつかった…」と話していた女性は、審理が終わった後も包丁を握ることができず、調理ばさみで家事をこなした。

「裁判員とストレス障害に因果関係」は認める

 「衝撃証拠」に加え、量刑判断も、負担となったという。

 女性が審理を担当したのは、24年7月に福島県内で2人が殺害された強盗殺人事件。死刑が選択される可能性もある事案だ。

 凄惨な犯行状況に「人間のすることじゃない」と感じたという女性だが、懸命に評議を尽くした。結論は死刑。判決後も体調は回復しないままだった。女性は25年5月、「こんな苦しみは私で最後にしてほしい」と、国を相手取り、損害賠償を求める訴訟を起こした。

 今年9月の福島地裁判決は「裁判員を務めたことと、ストレス障害を発症したことには、相当因果関係があると認められる」とする一方、「国民の負担が合理的な範囲を超えているとはいえない」と、裁判員が憲法18条が禁じた「意に反する苦役」には当たらないと判断して、請求を退けた。

 女性は1審判決を不服として控訴している。

広がる遺体写真予告

 裁判員裁判で遺体写真などをどう取り扱うべきか-。女性の起こした訴訟は、関係者に大きな衝撃を与えた。

 「衝撃証拠」の取り扱いについて、いち早く反応したのが東京地裁だ。

 地裁は昨年7月、裁判員の精神的負担に配慮する観点から、次のような「申し合わせ」をまとめた。

 (1)遺体写真など刺激の強い証拠については、公判前整理手続きの段階でその証拠が必要不可欠なのか、裁判員に過度の精神的負担を与えないか、代替手段の有無なども考慮しつつ、採否を慎重に吟味する。

 (2)遺体写真などを取り調べることが決まっている場合は選任手続きの段階で候補者に予告する。個別質問で、候補者の不安の内容を具体的に聞き、参加に支障があるかどうかを確認して辞退の可否を検討する。

 (3)審理中も裁判員の様子に気を配り、場合によっては辞任を申し出るよう勧めることも柔軟に検討する。

 最高裁はこの申し合わせを全国の裁判所に紹介。東京地裁以外でも同様の取り組みが広がっているという。

 また、最高裁は昨年11月以降、各地の裁判所で臨床心理士らを招いた研究会を開催。裁判員がどういった局面にストレスを感じ得るのか、裁判所がどのようにケアできるのかなど、負担軽減に向けた意見交換を重ねている。

 制度開始当初から設置されていた「裁判員メンタルヘルスサポート窓口」にも、26年8月末までに、健康相談を含めて延べ284件の問い合わせが寄せられた。全国222カ所の医療機関やカウンセリングルームとも提携しており、すでに窓口からの紹介例もあるという。

 最高裁の担当者は「他にもストレス症状のある人がいるという可能性を前提にして、現在の枠組みを活用して対応していきたい」としている。

証拠を加工する“配慮”に疑問も

 公判中の負担軽減策の一つが、遺体写真をカラーでなく白黒で表示したり、イラストに代えたりする方法だ。遺体写真などを証拠申請する検察側に対し、裁判所が慎重な姿勢を示す例もあるという。ただ、この“配慮”をめぐっては、疑問の声も上がってる。

 甲南大学法科大学院の園田寿教授(刑事法)は、「遺体写真もカラーでみるべき」との立場だ。

 園田教授は「どのような殺害方法だったか、遺体がどんな状況だったかというのは、刑の重さの判断に影響する」と指摘。「イラストや白黒写真では、証拠から得られる印象が全く違う。人を裁く以上は証拠と直面すべきだ」という。

 その上で、裁判員の精神的負担の面からは「辞退を柔軟に認めるとともに、裁判員裁判の対象事件を軽微な罪に限定することも含めて、議論が必要だ」としている。

 全国犯罪被害者の会(あすの会)の松村恒夫代表幹事も「白黒写真では、訴える力が減衰してしまう。裁判員には、どれだけひどい犯罪だったのかということを見た上で、判断してほしい」と、証拠の加工には否定的だ。

 また、犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務局長の高橋正人弁護士は「遺体を直視できないご遺族も多いが、裁判員には(遺体写真を)きちんと見てほしいという気持ちが強い。実態を見てもらえなければ、ご遺族も事件に対する区切りがつかない」と遺族の思いを代弁する。

 衝撃証拠が裁判員に与えるインパクトの強さを認めた上で「証拠を冷静に見ることができる人こそ、公正な判断ができる」と高橋弁護士。「『やりたくない』と言えば、辞退は認められるはず」としており、「公判で遺体写真を取り調べる場合は、呼出状の段階からそれを明記し、それでも選任手続きに参加してくれる人から裁判員を選ぶべきだ」と提案する。

 また、「公判前整理手続きの段階で、遺族が裁判員に見てほしいと思っている遺体写真などが、証拠から退けられてしまうことも多い」と指摘。公判前整理手続きに被害者や代理人が参加できるよう求めている。

 1人の元裁判員の訴えが起こした議論は、今後も広がりを見せそうだ。

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