産経ニュース for mobile

【高橋昌之のとっておき】無責任体制の根源・教育委員会制度は廃止すべきだ

記事詳細

【高橋昌之のとっておき】無責任体制の根源・教育委員会制度は廃止すべきだ

更新

 産経新聞が14日付朝刊で報道しましたが、日本維新の会が教育委員会制度を廃止するための関連法改正案を今国会に提出する方針を固めました。いじめによる自殺問題、体罰問題、さらには歴史教育問題など難問が山積しているのが日本の教育の現状ですが、その中で「教育の無責任体制」がはびこっている根源は、教育委員会の存在だと私も考えていましたので、維新の会の方針には大賛成です。

 政権与党の自民党も昨年12月の衆院選の政権公約で、「教育委員会の責任体制の確立と教育行政の権限のあり方の検討」を打ち出しています。教育の無責任体制を改革するという点では、維新の会と方向性は同じです。私としては自民党の「教育委員会の改革」というのでは生ぬるい、その程度では日本の教育の無責任体制を変えることはできないと考えますので、自民党も維新の会の方針を受けて、教育委員会の廃止まで踏み込んだ改革を検討すべきです。

 維新の会がまとめた「教育委員会廃止に向けた基本方針」はまず、「国と地方公共団体を教育行政の中心とし、教育委員会は廃止して地方公共団体の一部局(仮称・教育行政局)とし、その権限や地位も他の行政部局にならうもとする」としています。つまり、教育行政の最終責任は国においては政府であり、地方自治体では首長であることを法律に明記するということです。

 また、基本方針は地方公共団体においては「教育の目標や基本計画の作成は首長、教職員の人事は教育行政局のトップで首長が任免する教育長が行う」とする一方、新たに地方公共団体の教育行政をチェックする組織として、首長が指名する「教育監査諮問委員」を置くこととしています。

 この改革を行うには、地方自治法、地方教育行政組織運営法、文部科学省設置法を改正する必要がありますから、維新の会は今後、基本方針に基づいてこれらの改正案をまとめ、今国会に提出する方針です。

 「教育委員会を廃止する」というと、まだ多くの方は「そんなことが本当にできるのか」「教育の公平性、中立性は保たれるのか」などと思われるかもしれません。

 しかし、ほとんどの教育委員会は形骸化していて、行政の事務局が作成した案を追認しているにすぎません。それを実態通りにして、地方公共団体の首長が教育行政の最終責任を負うようにするということですから、実現は難しいことではありません。さらに、首長が最終責任者ということが明確になりますから、首長はよりよい教育行政を行うため真剣に取り組むようになるでしょう。

 一方、「公平性」や「中立性」という観点も、維新の会が基本方針に盛り込んだように、「教育監査諮問委員」のようなチェック機関を作れば問題ないと思います。そもそも地方公共団体には議会があるのですから、議会がしっかりチェックすればいいだけの話です。

 私も地方支局在任中に教育委員会を取材した経験がありますから、その実態は目の当たりにしています。やはりその地方公共団体でも、教育委員会は委員が単なる名誉職化しており、委員会自体も実質的な議論はせず、事務局の案を追認しているだけでした。

 ここで、簡潔に教育委員会について説明したいと思います。教育委員会は各地方公共団体、つまり都道府県、市町村ごとに設置されている行政委員会です。ちなみに行政委員会とは、行政機構からある程度独立して、行政に関する職務を行う合議制の機関のことで、国でいうと公正取引委員会や国家公安委員会などが、これにあたります。

 教育委員会の委員の数は地方公共団体によって多少異なりますが、標準的には5人程度で、議会の承認を受けて首長が任命します。教育委員会のトップである委員長は委員の互選によって選出されます。そして、その教育委員会には学校の存廃や教職員の人事、教育方針、教科書の採択など多岐にわたる教育行政案件を決定する権限が与えられています。

 しかし、その絶大な権限に見合った責任を自覚している教育委員は、まずほとんどいないのが実情でしょう。仮に都道府県、市町村内で教育に関する重大な問題が生じれば、本来なら教育委員会が責任をとるべきでしょうが、そういうことはまずありません。

 仮に責任をとるといっても、その職を辞する、あるいは解かれるだけの話ですから、別に職業を持っている委員本人にとっては痛くもかゆくもないでしょう。そうした教育委員会に形式上、教育行政の決定権限が与えられているため、首長はそれを「隠れみの」にして責任をとらなくていい、つまり、だれも責任をとらなくてすむシステムになっているのが、日本の教育の現状なのです。

 もうひとつ、教育委員会制度を廃止すべきだという根拠として、教育委員会の歴史に触れたいと思います。教育委員会が設置されたのは先の大戦後のことで、連合国軍総司令部(GHQ)の要請で、米国の教育使節団が昭和21年に来日し、教育委員会の設置を勧告したのがきっかけです。これを受けて、文部省は23年に教育委員会を設置しました。

 米国が教育委員会を設置する大義名分としたのは、教育行政の地方分権化、民主化、自主化、中立性の確保でした。しかし、本音は戦前の日本の教育を否定するということに主眼があったと思います。

 当初、教育委員会の委員は選挙で選ばれる制度、つまり公選制でしたが、低投票率や党派的対立、教職員組合を動員した選挙運動などの問題が生じたことから、31年に公選制は廃止され、議会の承認によって首長が任命するという現在の制度になりました。

 この経緯をみてくると、教育委員会は日本国憲法などと同様、戦後、米国から押しつけられた制度という側面があります。その米国が掲げた大義名分も、公選制の廃止や教育委員会の形骸化によって、今や意味をなしていません。

 ちなみに、文部科学省によると、教育行政の決定権限を「教育委員会」という行政から独立した機関に与えているのは、米国と日本だけだそうです。ほとんどの国はやはり、行政が教育についても決定権限をもっています。

 その米国も、州や地方学区ごとの教育委員会のうち95%は公選制がとられており、日本のように首長が任命しているのはわずか5%にすぎません。それを考えても日本の教育委員会制度は、国際的に奇妙な制度なのです。

 こう説明してくると、こんな教育委員会制度はなくして、有権者から選挙で選ばれている首長が、教育行政についても権限を持ち、責任をとるようにすべきだということが、分かっていただけたのではないかと思います。

 実は教育委員会廃止論は今に始まった話ではありません。平成10年以降、経済界や改革派首長などから教育委員会の廃止を求める声はすでに上がっていました。国の地方分権改革推進会議も平成16年に「各地域の実情に応じて地方公共団体の判断で教育委員会制度を採らないという選択肢を認めるべきだ」との意見書を提出しています。

 しかし、教育委員会廃止まで踏み込んだ抜本的改革は行われていません。原因は中央の政治が及び腰だったからです。冒頭に書いたように日本の教育で難問が山積している今、政治が教育改革を見て見ぬふりをすることは許されません。各党は教育委員会廃止も含めた教育改革を真剣に議論すべきです。

 維新の会の基本方針を受けて、私が親しい自民党議員に教育委員会の廃止について意見を聞いてみたところ、ほとんどが賛成でした。自民党が党内で検討したら、教育委員会廃止に賛成する意見が多数を占めるのではないでしょうか。

 維新の会と自民党が教育委員会廃止で一致したとすれば、おそらく他党からも賛同者が出て、関連法改正案が成立する可能性は十分あると思います。そのカギを握っているのは政権与党である自民党です。維新の会の改正案提出を待つのではなく、今からでも検討を始めてもらいたいと思います。

ランキング