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【書評】『生きるための日本史』安冨歩著 「私」を交差点に広がる思考

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『生きるための日本史』
『生きるための日本史』

 安冨歩はうさんくさい。東京大学教授でありつつ、参議院選挙にれいわ新選組から立候補したり(落選したが)、化粧をして女装したり(本人は女性装といっている)、本の帯に乗馬姿を掲げたりしている。実は、私にとってうさんくさいはホメ言葉だ。うさんくさいと感じるのは自分の慣れ親しんだ世界の外にいる人だからで、日本のように均質化した社会にとってそういう存在は貴重なのだ。

 安冨の書く日本史は一般的な教科書のような日本史ではない。彼は自分の経験を通して歴史を把握する。「私は、なぜ、いま、ここで、こんなふうに、生きているのか」を問うための歴史学なのだという。

 安冨は大学を卒業してから住友銀行に勤めた。日本がバブル経済に突入する頃で、土地を持っている老人にうまいことをいってアパートを建てさせる仕事をしていた。目標の数字を与えられ、誰もかれもが夜遅くまで残業していた。結局、安冨は耐えられなくて2年で辞めたのだが、このときの経験を手放さずに考え続けている。自由に発言できない嫌な空気が支配し、軍隊的組織のようだった。

 大学に戻った安冨は「満州国」の研究をする。わかったことは、日本人が一番恐れる言葉は「役立たず」と「立場を失う」だった。住友銀行にも日本軍にもあって日本社会を覆っているのは、役を果たして立場を守ろうとする「立場主義」だ。「立場主義」は江戸時代の「家」社会が明治政府によって解体されて出来上がった。それが人々を生きづらくしてきた元凶で、いま崩壊しつつあるのだという。

 と簡単にまとめたけれど、本書の歩みはジグザグだ。ラッセルの哲学を語っているかと思うと、別のところではウィーナーのサイバネティクスを解説し、また、後半では網野善彦の無縁に共感するといった具合で、安冨の「私」を交差点にして四方八方へと広がっていく。読者は行き先が見えないままについていき、最後に思考の自在さに思い至るのである。末尾にURLが載っていて動画を観(み)ることができる。安冨自身が、なぜジグザグな展開になるのかについて話していて、わかりやすい。女性装をして語る安冨はうさんくさく、そして魅力的だ。(青灯社・5500円)

 評・上原隆(コラムニスト)

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