PR

【ビブリオエッセー】自然の力を前に私たちは… 「羆嵐」吉村昭(新潮文庫)

PR

 「区長たちの顔が、ゆがんだ。音は、つづいている。それは、あきらかに羆が骨をかみくだいている音であった」。この凄絶な表現に戦慄を覚えたのが『羆嵐』だった。現実の事件をもとにした小説だ。大正4年12月、北海道の開拓地、当時の苫前村三毛別(現苫前町)の奥地で日本の獣害史上最大の惨事は起きた。

 冬眠を逸した羆(ヒグマ)が空腹から開拓民の民家に侵入し、次々と村民を襲ったのだ。最初の犠牲者となった母子の通夜が営まれているところを再度襲撃。人間が餌食となる惨劇は、その残酷な描写も生々しい。犠牲者は死者6人、胎児も絶命し、重傷者3人。開拓民たちは恐れおののいた。

 警察署員や近隣からも大勢の男たちが動員され羆を追うが討伐は難航する。わらにもすがる思いで評判は悪いがクマ撃ちの名人、銀四郎に助けを求めた。羆は手負いになっても行動は迅速だった。息詰まる攻防の末、銀四郎はたった一人で体長2・7メートルの羆を仕留める。

 私の曽祖父が北海道へ入植の際、よく羆を撃ったと父から聞いていた。羆による被害はこの北海道では日常的な光景である。

 一方で羆から見れば「我々の生活を脅かしたのは人間ではないか」となるだろう。自分たちが発明した利器で群れて暮らしているにすぎない人間たちは時に自分たちを地上の主と勘違いし、他の生命を思う心を忘れてしまう。

 もちろん入植者のご苦労があって今の生活がある。ただ自然の中で生かされている人間は自然と向き合う謙虚さを持ちたい。生態系や自然現象への「想定外」という言葉もやはり人間本位の目線かもしれない。アイヌの人たちが自然を慈しみ、共存してきた姿を思った。

 札幌市厚別区 秋山芳弘 57

 【ビブリオ・エッセー募集要項】本に関するエッセーを募集しています。応募作品のなかから、産経新聞スタッフが選定し、月~金曜日の夕刊1面に掲載しています。どうか「あなたの一冊」を教えてください。

 投稿はペンネーム可。600字程度で住所、氏名、年齢と電話番号を明記し、〒556-8661産経新聞「ビブリオエッセー」事務局まで。メールはbiblio@sankei.co.jp。題材となる本は流通している書籍に限り、絵本、漫画も含みます。採用の方のみ連絡、原稿は返却しません。二重投稿はお断りします。

この記事を共有する

おすすめ情報