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【Dr.國井のSDG考~置き去りにしない社会を目指して(5)】(上)ゲスト・土井香苗氏 人権とは空気のようなもの

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 世界の紛争地域で支援活動に携わり、現在はスイス・ジュネーブにある「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(通称・グローバルファンド、GF)」の戦略・投資・効果局長を務める医師の國井修氏。「No One Left Behind(誰も置き去りにしない)」を人生のテーマに掲げる國井氏が誰も置き去りにしない社会を目指すヒントを探る5回目の対談が、国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」日本代表の土井香苗氏をゲストに行われた。話題は医療と人権を中心に、NGOのあり方や若者への助言にも及んだ。(対談は新型コロナウイルス流行前の昨秋に行われました)

 國井 初めてお会いしたのは、土井さんが留学されていた米ニューヨークで、私がユニセフ本部で働いていた2006年ごろですね。土井さんが日本に帰ってHRWの東京事務所を立ち上げられたと聞いて、土井さんが講演されたTEDx(「広める価値のあるアイデア」を世界中に広めるため発足した非営利団体TEDの精神を受け、世界各地で発足したコミュニティーが実施する講演会)なども見ていました。ユニセフにいたとき、ミャンマーやソマリアなど基本的人権を守れない国で働いていたこともあり、ゆっくりお話ししたいと思っていました。

 土井 うれしいです。私も楽しみにしていました。

 國井 私も土井さんと同じで「人間の大地」(犬養道子著)を読んで怒りを感じた経験があります。その怒りが土井さんの原動力になったと聞きました。頭で考えるだけでなく現場に足を運んで…。

 土井 はい、アフリカのエリトリアに行きました。

 國井 そうした経験に加え、米国でも勉強された。私も国際的な視野を広げようと米ボストンで勉強しましたし、日本になかった緊急人道支援を行う国際的な医療NGO「AMDA」の創設に関わりました。似ていますね。

 土井 そうですね。NYから日本に帰ってNGOで働きたかったんですが、給料を払ってくれる人権NGOはなく、AMDAなどを参考に日本に作ろうとも考えました。結局、NYでフェローとして入ったHRWを好きになってしまい東京事務所の設立をすることになりました。もともと考えていた日本でのNGOの立ち上げは、伊藤和子弁護士が主導して「ヒューマン・ライツ・ナウ(HRN)」という団体が設立されました。私も立ち上げに関わらせていただきました。

 國井 医療は「患者を治療する」という形で目に見えて分かりやすいですが、人権は目に見えない。HRWでは、どうやってアプローチしていますか。

 土井 私は、難民キャンプでボランティアをしたときに、与える側と与えられる側という立場の差にやりきれなさを感じてしまいました。人権のアプローチが自分のスタンスに合っていると感じ、弁護士を志しました。「人間は誰でも権利を持っています。一緒にあなたのライツを取り戻しましょう」と一緒に闘おうという関係が作れますから。ただ、権利を奪うのは多くの場合、政府や力のある存在であることが多い。そういう力を持つ加害者たちからは嫌われる。加害者に人権侵害をやめさせるのは簡単ではありません。

医師の國井修さん(松本健吾撮影)
医師の國井修さん(松本健吾撮影)
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 國井 「健康に生きる権利」も基本的なライツのひとつですよね。下痢や肺炎など多くの国で治療できる病気で子供が死亡する国や地域がある。ワクチンや薬があるのに、そのサービスを受けることができない人がいる。現場に行くと、世界は不公平で、「健康に生きる権利」という基本的な人権が守られていないと感じます。ただ、さまざまな保健医療サービスを普及させることでその権利を擁護していくこともできる。土井さんにとって人権とはどういうものでしょうか。

 土井 ライツとは空気のようなもので、普段は空気が何か説明されてもわかりにくいけれど、空気がなくなったら、なくてはならないものだと分かる。日本はありがたいことに、ひどい人権侵害が広範に起きている国ではありません。そんな日本では人権の大切さが自然に体感できる状況にはありませんが、國井先生が行かれた国の多くでは違ったのではないでしょうか。

 國井 そうですね。日本では想像つきにくい状況がありますね。例えば、若い女性のHIV感染率が、同じ世代の男性より8倍くらい高い国がありました。そんな国では女性の死亡原因の第1位が今でもエイズです。若い女性や女子への性暴力が日常茶飯事だったり、思春期の女子が生活を支えるため援助交際をしてHIVにかかったり…。女子は男子に比べて教育を受ける機会も少なく、働いても給料が少ないなど、さまざまな権利が守られていない。問題は根深いのですが、そういう国ではそれらの問題を問題と思わない、権利が侵されていても気づかない人たちも多いです。

 土井 ひどい目にあっても、自分が悪いからだと思ったり仕方がないと思ったりする当事者は多いです。ただ、システムに問題があるから自分たちがつらい立場にいることを理解する人が出てくることがあります。そういう当事者にリーダーになってもらい、タッグを組んで、システム自体を変えていこうというのが人権運動です。システムが変われば、権利を奪われている状況を根本的に解消できます。

 國井 ブラジルで働いていたとき、初めは人種差別がないことに感動したんです。ブラジルには黒人も白人もインディオもいて、人種を超えた結婚もよくあります。ブラジル人の友人も肌の色で差別する言動を見たことはありません。家族の中にもいろんな色がミックスしていて、人種が融合している国だと思いました。ただ、貧富の差は世界でもトップレベルで、それによる差別はありました。地方に行くと、大農場に100人以上の土地なし農民が働いていて、主人にたてついて殺されても文句が言えない。主人は罪に問われず、うやむやにされる社会がありました。その代わり、主人に従っていれば最低限生きていくことには困らない。彼らの権利や人権は主人に握られ、自ら意識できていなかった。よく見ると金持ちは白人系、貧しい人々の多くは黒人系。人種差別はなくとも肌の色で違いは出ていました。

対談する医師の國井修さん(左)と国際人権NGO「ヒューマンライツウォッチ(HRW)」日本代表の土井香苗さん(松本健吾撮影)
対談する医師の國井修さん(左)と国際人権NGO「ヒューマンライツウォッチ(HRW)」日本代表の土井香苗さん(松本健吾撮影)
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 ミャンマーのユニセフで働いていたときは、軍事政権に対する僧侶や市民の反政府デモが起きました。ジャーナリストの長井健司さんが亡くなった衝突はオフィスの目の前で起き、私も一部始終を見ました。アウンサン・スーチーさんが自宅監禁、多くの人々が政治犯として投獄され、ロヒンギャが迫害されるなど、国民の権利や自由が束縛されていた過酷な時期でした。国連職員の私も、政府を批判すると国を追い出されてしまう。実際に国外追放となった人もいますし、私もその一歩手前になったことがある。ですから、できるだけ「政府批判」「人権擁護」を表立ってすることは避け、子供の死亡をどう減らすか、治療や予防サービスをどう広げるかに意識と努力を集中しました。政治によって人々がこうなっているという状況を考えると怒りは当然あるのですが、それは心に抑えながら。

 でも、政府の中には本気で自国民の健康をよくしようと考えている人々も多いですから、私たちの活動を容認し協力してくれる人も多かったです。今でもSNSなどでつながっている人たちもいます。その信頼関係から、政治犯がいる刑務所に薬を提供して治療したり通常なら許可されない地域で子供のワクチン接種などの活動をしたりできました。ユニセフは私が統括していた保健医療・栄養以外にも、水衛生や教育、子供の保護など人権に関わる問題に対処していましたが、あえて「人権」という言葉を使わなくとも活動はできると思いました。ただし、それでも言論の弾圧、少数民族への抑圧などはあり、民主化への道は遠いな、とその頃は思っていました。

 土井 HRWの仕事は世界中の政府を監視することです。国際条約で守ると約束、あるいは守らなければならないとなっている人権の基準を守っているか監視し、できていないときは批判し基準を守るようプレッシャーをかけるアドボカシーを行います。これは明らかに政府から好かれる仕事ではありません。一方、医療支援をはじめ、当事者を直接手助けするサービスデリバリーを行う団体は、その場に「いる」ことが必要で、政府批判もいとわないアドボカシーとの両立は難しいです。

 HRWは他の多くの人権団体同様、基本的にサービスデリバリーはしません。目の前の人を助けられないもどかしさはありますが、サービスデリバリーの団体につながるようアレンジすることで終えるからこそ、何の気兼ねもなくアドボカシーができます。サービスデリバリーをしている人道団体、開発系団体のスタッフが、ひどい人権侵害を目の前にしながら声をあげられないことに内部で議論があると聞くこともよくあります。そこは役割分担ですから、人権団体と車の両輪でやっていけばいいと思います。=(中)に続く

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