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【ゴッホ展】「ゴッホの風景」(3)アルル/黄色い家

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ゴッホが暮らした「黄色い家」の跡地。4階建ての建物の手前にあった
ゴッホが暮らした「黄色い家」の跡地。4階建ての建物の手前にあった
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 南仏のアルルで、ゴッホは「麦畑とポピー」など、明るい色彩の絵を次々と生み出していった。市街地に借りた部屋をアトリエ兼住居とし、その外観から「黄色い家」と名付けた。第二次世界大戦時に焼失してしまったが、跡地近くにはゴッホの描いた黄色い家のパネルが設置されていた。

 ゴッホはこの家で、画家たちの「共同体」をつくりたいと考えた。その呼びかけに応じたのが、パリで知り合ったポール・ゴーギャンだった。有名な「ひまわり」は、彼の部屋を飾るために描かれたものだ。しかし、議論の絶えない共同生活は2カ月で破綻した。ゴッホは精神的に不安定になり、1888年12月23日、ゴーギャンとの口論の末に、自らの左耳を切り落としてしまった。

 精神療養院に入院するため、ゴッホはアルルを後にする。この地に移ってわずか15カ月後のことだった。(藤井沙織)

【協力】KLMオランダ航空オランダ政府観光局プロヴァンス地方観光局パリ地方観光局フランス観光開発機構

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