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戦国の城と暮らした人々 「小金城と根木内城」展 3月22日まで千葉県松戸市立博物館で

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小金城は東西800メートル、南北600メートルで東京ディズニーランドに匹敵する大きさ。500分の1模型でその大きさを実感できる=千葉県松戸市の同市立博物館(江田隆一撮影)
小金城は東西800メートル、南北600メートルで東京ディズニーランドに匹敵する大きさ。500分の1模型でその大きさを実感できる=千葉県松戸市の同市立博物館(江田隆一撮影)

 室町時代後期から江戸時代初めまで続いた戦乱の世。この戦国時代に千葉県松戸市北西部に2つの巨大な城が築かれた。同市立博物館では、この2つの城を通して、戦いに翻弄されながらも、たくましく生きた人々を知る館蔵資料展「小金(こがね)城と根木内(ねぎうち)城」が開かれている。(江田隆一)

 見上げる天守閣が城のシンボルになるのは次の時代になってから。戦国時代の城は台地など自然の地形を利用し、深く掘られた堀で、広場や低層の建物を囲んだ軍事要塞だ。落城して破壊されなくても、役目を終えればなくなる。天下が統一されて平和が訪れ、同市北西部の小金地区にあった、小金城と根木内城も歴史の中に消え、建築物は残されていない。

 松戸市は平成9年に小金城跡の同市大谷口に「大谷口歴史公園」、18年に根木内城跡の同市根木内に「根木内歴史公園」を開設した。両城跡の発掘調査で、中に落ちれば動けなくなる畝を底に設けた空堀など厳重な防御施設がいくつも備わっていたことが分かった。見学できる遺構として公園化されているのは貴重だが、それでも2つの城の成り立ちや役割は謎だらけだ。

 そんな中でも近年、同市立博物館の学芸員、中山文人さん(58)らによる文献の研究が進んでいる。その成果を分かりやすく伝える目的で、この館蔵資料展は企画された。

 国道6号(水戸街道)とJR常磐線が通る小金地区は、古くから交通の要衝だった。15世紀後半には後に高城(たかぎ)氏の拠点となる軍事・政治の中心としての小金城がつくられ、谷を挟んで東側から道を抑え、小金城を守るための根木内城も同時期に築かれたというのが最新の研究成果だという。

 館蔵資料展では発掘調査で出土した食器「カワラケ」や、中国製の青磁大皿片などを展示。これらは客を迎えた宴会で使われた可能性が高く、戦国史を作った駆け引き、密談、謀議を間近で見ていたかもしれない品々なのだ。

 市指定文化財の西原文書など、古文書研究の成果はイラストで解説されている。小金城主の高城氏の情報で小田原から電撃出陣した小田原北条氏が、現在の市川市国府台周辺で里見氏を撃退した諜報戦。合戦用に人を出せと迫る領主に「金で済ませろ」と引かない村の様子など、戦乱の時代にしたたかに生きた庶民の暮らしぶりが浮かび上がる展示内容となっている。

 高城氏は、天正18(1590)年の、豊臣秀吉の小田原攻めでは北条氏側に付いた。根木内城はそもそもの資料が乏しく、小金城も豊臣方の手に落ちたとき、どんな状況だったのかは不明という。

 同展は3月22日まで。月曜日(休日の場合は翌日)と第4金曜日休館。観覧無料。問い合わせは同博物館(047・384・8181)。

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