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古市憲寿さん新作「奈落」 芥川賞落選への「僕なりの返信」

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3冊目の小説『奈落』を刊行した古市憲寿さん。「創作とは何か。僕なりの考えを書いたつもりの作品」と語る
3冊目の小説『奈落』を刊行した古市憲寿さん。「創作とは何か。僕なりの考えを書いたつもりの作品」と語る

 「創作とは何か、僕なりの考えを書いたつもり。それなりの自信作だと思っています」。社会学者の古市憲寿(のりとし)さん(34)の3冊目の小説「奈落」(新潮社)でつづられているのは、意識はあるが体は動かず、意思疎通ができなくなった女性の「叫び」だ。重く、読者の心に訴えかける物語を読めば、テレビで見る「空気を読まないコメンテーター」のイメージがひっくり返るかもしれない。昨年、芥川賞の選考委員らから厳しい批判を受けた古市さん。なぜ小説を書き続けるのか。メンタルの強さはどこからくるのか-を尋ねた。(文化部 本間英士)

「家族のほころび」描く

 主人公は1990年代後半に人気を博したミュージシャンの香織。ある日、香織はステージから落下し、目覚めたとき全身が動かなくなったことに気づく。恐ろしいことに、意識だけは鮮明なのだ。人気絶頂の歌姫から、食事も排泄(はいせつ)も自力でできない“奈落”への転落-。だが真に恐ろしいのは、これは決して人ごとではなく、誰の身にも起こりうる出来事だということだ。

 「意識はあるけれど、体は全く動かない。意思疎通ができなくなったら人はどうするのか、ということを数年前から考えていました。僕はこれまでの小説で書いたように『自己決定』、つまりどう生き、どう死ぬかを自分で決めることが大事だと考えている。でも、それが(自分の意思とは無関係に)絶たれてしまうこともあるんです」

 1、2年前、意識はあるものの四肢が動かず、寝たきりの状態を指す「閉じ込め症候群」という症状があることを知った。文献を読み、医師らに取材したうえで、昨年夏ごろに「出口を何も決めずに」書き始めた。高さ200メートルのタワーマンションの窓を拭く青年が主人公の前作「百の夜は跳ねて」とは、多くの意味で対照的だ。

 だが、この話で何より恐ろしいのは「家族」だ。母は娘の転落を聞いて「不思議な高揚感」を覚え、姉は「いつも香織は私から主役の座を奪っていく」と疎んじる。大嫌いな母と姉よりはまだ話が通じたはずの父からは、やがて性的暴行を受けるようになり…。

 毎朝天井の染みを数えることが日課の香織を支えるのは、かつての甘い思い出と、壮絶な怒りの気持ちだけ。たとえ救いの手が降りてきたとしても、それはあっけなく振り払われてしまう。絶望感に満ちたストーリーの主軸として書きたかったのは、「近代家族のほころび」だという。

 「家族について、『大事と思うのは当然』『愛し合って当然』という意見があります。でも、家族は自分で選べません。自分で選べる友人より、気が合わなくて当然だと思うんです」

 「過剰な『家族は愛し合うべきだ』という考えは違うだろ、との思いが以前からありました。家族であるがゆえの怖さや、家族だからこそどこまでも残酷になれる-ということを、今回は意図して書きました」

それなりの「自信作」

 古市さんの小説といえば、前作「百の夜は跳ねて」が昨年の芥川賞候補になった。ただ、同作に関しては逆風も吹いた。別の作家の小説を参考にした手法をめぐり、多くの選考委員から批判を受けた。

 山田詠美さんは「候補作が真似(まね)や剽窃(ひょうせつ)に当たる訳ではない。(中略)ここにあるのは、もっと、ずっとずっと巧妙な、何か。それについて考えると哀しくなって来る」、高樹のぶ子さんも「作者にとって、本当に切実なものは何だろう」とそれぞれつづった(『文芸春秋』令和元年9月号」)。

 「この作品は、前回(の議論)に対するリプライ(返信)だと思っています。創作は何もないところから立ち上がるのではなく、過去のさまざまな文化に影響を受けて立ち上がるもの-という僕自身の創作論も考えながら書きました。(選考委員からは)ご意見を頂きましたが、選評という形でしたので、小説で応答するのがいいと思いました。今回は、それなりの自信作だと思います」

 それにしても、執筆のペースが早い。多忙の日々を送る一方、この1年強で3作の小説を刊行。早稲田大の石原千秋教授も、本紙の昨年の文芸時評12月号で「古市憲寿はたくさん小説を書く人だ。これは悪いことではない」と評した。作品を次々と書き続けるモチベーションやメンタルの強さは、どこから来るのか。

 「僕はバッシングされたり、批判されたりもするけれど、僕の周りの人のほうが炎上している。それに比べると、僕のは知る人ぞ知る炎上。何てこともないんです」。こう語り、笑う。

 「僕の小説が好きと言ってくれる人は、(そういう声の)何百倍もいる。僕は一部の意見(悪評)や賞の選考委員に向けて書いているわけではなく、読者に向けて本を書いています。もちろん、(悪評を)気にしないと言ったら嘘になるけれど、選考委員の声もネットの声も、ありがたく読んでいます」

 ツイッターなどSNSに記された本の感想や、アマゾンのレビューも読んでいるという。

 「エゴサーチ(ネット上で自分の評価を確認すること)はあまりしませんが、ツイッターにアップされた感想やアマゾンのレビューはチェックしています。本を一冊読むには2~3時間はかかります。向こう(読者)がそれだけ真剣に付き合ってくれるのですから、こっちも気になります。なるべく読むようにしています」

ラノベにも挑戦したい

 「僕は『自己決定』が大事だと思っているんです」

 インタビューでは、この自己決定という言葉が繰り返し使われた。そういえば、前々作「平成くん、さようなら」は、自分の意志で安楽死を望む人を描いた物語だった。いつごろから「自己決定」を意識していたのか。

 「もともと学校がすごく嫌いだったんです。なぜかというと、学ぶ内容も授業時間もクラスメートも、自分で決められることが少ないから。だから、学校に通っていた子供時代は楽しくなかったです。逆に、仕事を始めてからはすごく楽だし、はるかに幸せ。ストレスがないですから」

 小説の書き手としてはどのようなテーマに関心があるのか。

 「家族の話はこれからも書きたい。あとは、セクシュアリティや研究者の話にも興味があります。あまり良くない環境にいる高スペック(能力の高い)の若手研究者が、角度を変えたらものすごく活躍する-という話を書いてみたいですね」

 政財界から芸能界、出版界まで人脈が広く、各界の“観光客”を自称。では、次に訪れたいのは-。

 「最近よく言われるのはユーチューバー。でも、まだそれはいいかな、と思っています。僕にはまだ行ったことのない街が多いので行ってみたいし、分からない社会の仕組みも多いから見てみたい。小説にしても、純文学に分類されるものばかり書いてきたので、逆にエンタメやライトノベルを書いてみたい気持ちもあります。社会の動きや空気を、いろいろなメディアで表現したいと思います」

【プロフィル】古市憲寿(ふるいち・のりとし) 昭和60年、東京都生まれ。東京大大学院修士課程修了。主な著書に『絶望の国の幸福な若者たち』など。平成30年、初の小説単行本『平成くん、さようなら』を刊行し、芥川賞候補にも選ばれた。フジテレビ系「とくダネ!」などテレビ出演も多数。愛猫家。最近ハマっているコンテンツは「異世界もの」。

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