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家康築城に秀吉が協力? 駿府城跡、戦国時代初の「小天守」発掘

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小天守の石垣の発掘状況を説明する市職員=7日、静岡市葵区の駿府城公園(田中万紀撮影)
小天守の石垣の発掘状況を説明する市職員=7日、静岡市葵区の駿府城公園(田中万紀撮影)

 徳川家康が晩年を過ごしたとして知られる駿府城跡(静岡市葵区)の発掘調査を進める静岡市は7日、新たに戦国時代末期とみられる「小天守」の石垣の遺構が見つかったと発表した。小天守は江戸時代に築かれた江戸城や名古屋城にもみられるが、戦国時代の城から見つかったのは初めて。駿府城の遺構が現在確認できる日本最古の小天守になるという。

 駿府城跡からは家康が築いた天守台のほか、豊臣秀吉が家臣に築かせたとみられる戦国末期の天守台が2年前に発掘され、豊臣方の城郭の跡に家康が駿府城を築いたことが分かっている。今回見つかったのは、一辺約20メートルの小天守の石垣で、豊臣方の天守台と連結されている。この遺構は昨夏ごろから発掘され、7日までに豊臣方の天守に連結する小天守の石垣と確認された。

 豊臣方の天守はこれまで、秀吉が家臣の中村一氏(かずうじ)に築かせたとする説が有力だった。しかし新たな遺構の発見によって存在が確認された小天守は、文献に残る「家康が築いた城」の記述と一致する。これにより、家康が秀吉の力を借りて豊臣方の天守を建造したという新たな説が浮上。戦国末期の天下人2人による覇権争いの一端を示唆する興味深い発見となった。

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