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【歴史の交差点】指導者に必要な10条件 武蔵野大特任教授・山内昌之

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 政治家は道徳家ではない。それにしても、最近の日本政治を見ていると、徳目とまでいかなくても社会常識を欠いた人物が多すぎるのではないか。もっとも、歴史的なリーダー論でも、現代にそのまま通用しそうにもない指摘もある。例えば、トルコ人の一賢人が、指揮官には動物の性質のうち10種類が必要だと述べた資質はどうだろうか。

 (1)獅子の勇猛さ、(2)猪の突進性、(3)狐(きつね)の敏捷(びんしょう)さ、(4)負傷した犬の忍耐強さ、(5)狼の略奪性、(6)鶴の用心深さ、(7)雄鶏の寛容さ、(8)雛(ひな)への牝鶏の情愛、(9)鴉(からす)の警戒心、(10)タァルンの肥満ぶり。タァルンとはイラン北東部に住む四つ足の動物であり、旅に出るか苦労すると肥満するたちらしい(イブン・アッティクタカー『アルファフリー』1、一章)。270年続いた徳川将軍家でも10の条件を満たす者は、初代の家康を別格とすれば吉宗くらいであろうか。

 8代将軍吉宗は軍事演習としての狩に出たとき、「部隊」を指揮する技量と部下の統率力において群を抜いていた。享保2(1717)年の初狩で向島付近に出た折の、(1)や(2)を思わせる鮮やかな統率力に言及した史料もある。馬上の采配で数千の人数を下知する一方、「又ある時は単騎にて諸番の隊に乗込給ひ、御みづから番士を指揮し給ひ、しかじかの旨を番頭に申すべしなど宣ひし事もありき」。また、享保6年の鹿狩では、猛進してきた野猪の額の真中をひたと一打で倒したのは有名だ。まさに、(2)をもって(2)を制したともいえよう(『有徳院殿御実紀附録』巻十二、十三)。

 吉宗は新井白石の雅(みやび)やかな儀礼や政策を否定しても、正徳新例(国際貿易額を制限する法令)のように、日本からの無制限の金銀貨流出を妨げる白石の意図を国益にかなうと見るや、ためらわずに採用した。両者をよく知る儒学者、室鳩巣(むろ・きゅうそう)はこの2人が互いを意識しながら、白石が吉宗について「吝嗇(りんしょく)(けち)も度を過ぎると、贅沢(ぜいたく)と同じことだ」と皮肉を言えば(『兼山秘策』三、享保元年十二月廿四日来書)、吉宗が白石を「見かけを飾りすぎる」と厳しく評し、人材を活用しなかったことを惜しんでいる(『兼山秘策』六、享保八年正月廿五日青地礼幹書)。

 しかし、吉宗は白石の正徳新例から排除された結果、近海で不法行為を働く「唐船」の打ち払いを視野に入れた家継(7代将軍)政権、つまり白石の方針をそのまま継承する懐の深さを見せた(『享保通鑑』三)。清朝の統制に服さず日本近海に出没して抜荷や海賊まがいの行為を働く「唐船」を、「鉄砲にても討ちかけ苦しからず候」と実力行使を命じた。これは、(1)と(2)の資質の発露であろう。他方この問題で、かつて日清をまたにかけた元抜荷の首魁(しゅかい)・金右衛門を囮(おとり)に使った幕府と小倉藩の創意工夫は、吉宗のリーダーシップのうち(4)と(6)の要素が生かされたからともいえよう(松尾晋一『江戸幕府と国防』)。

 略奪性や肥満は、昔も今も政治家には必要のない条件ではないだろうか。(やまうち まさゆき)

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