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ゴッホの左耳「バイオ」で再現 森美術館で展示

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ディムート・シュトレーベ「シュガーベイブ」(2014年~)
ディムート・シュトレーベ「シュガーベイブ」(2014年~)

 オランダ出身の画家、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853~90年)はしばしば「狂気の天才」と称される。精神疾患から自分の左耳の一部を切り落とした、いわゆる「耳切り事件」のインパクトゆえだろう。約130年の時を超え、ゴッホの左耳を「生きた状態」で再現したバイオアート作品がいま、森美術館(東京・六本木)で公開されている。制作したドイツ出身で米国在住のアーティスト、ディムート・シュトレーベさんに意図を聞いた。 (文化部 黒沢綾子)

音の仕掛けも

 開催中の「未来と芸術展」で展示されている作品「シュガーベイブ」。液体で満たした透明ケースの中に、白っぽい耳が見える。

 「新陳代謝をしている、生きたレプリカ(複製)です」とシュトレーベさん。ゴッホの末裔(まつえい)にあたる人々の協力で再現した、天才画家の耳という。耳の「反応」を感じさせる音の仕掛けもある。

 生涯独身のゴッホに子はなかったが、「ゴッホの耳」を構成する細胞のもとになったのは、ゴッホとY染色体を共有する弟テオドルスの玄孫(やしゃご)の男性、リーウ・ファン・ゴッホ氏の耳の軟骨細胞。そこに、ゴッホの母系の子孫にあたる女性の唾液から抽出したミトコンドリアDNAを導入、培養したという。

 耳の形は、ゴッホの生前の肖像写真とリーウ氏の頭部スキャンの情報をもとに割り出したもの。「リーウ氏はY染色体と(ゴッホの弟の)16分の1のゲノムを共有しているだけなのに、そっくりですよね」。2人の耳の画像を見比べながら、シュトレーベさんは指摘する。バイオ3Dプリンターで、耳の形をしたポリマー製培養基材を出力。基材に注入した細胞は成長し、やがてポリマーの糖分は洗い流され、白い軟骨の耳があらわになる。

マンモン復活で関心

 シュトレーベさんはアートと科学の融合を主軸に創作活動をしてきた。ゴッホの耳の再生計画は、絶滅したマンモスを、象の細胞を使った遺伝子編集技術によって復活させる米ハーバード大の研究に関心を抱いたのが始まりという。「子孫の細胞を活用して、歴史上の人物をよみがえらせることは可能なのか、と」

 発想のもとには古代ギリシャの伝説「テセウスの船」のパラドックス(逆説)がある。「つまり一艘の船を構成する木材を全部入れ替えたとして、同じ船といえるのか。アイデンティティー(同一性)を問うパラドックスを人体、それも歴史的人物を題材に、バイオ工学で検証したら面白いと思った」。技術的には耳だけでなく、ゴッホの体も“再生”できるところまで来ている。しかし脳や精神、才能はどうなのか-。

唾液からも挑戦

 さらにシュトレーベさんは、天才にまつわる“神話”にも疑問を投げかけたいと話す。「アートは狂気の中から生まれるといった神話を、多くの人が信じたいと思っている」。ゴッホの耳切り事件は、破滅的でロマンチックな芸術家像を補強する象徴的エピソードだ。しかし生身の一部を前にすると、芸術家のクリエーティビティー(創造)を神懸かり的なものと短絡的にとらえられなくなる。「不断の努力や営みから、時間をかけて創出されるものだと私は考えています」とシュトレーベさん。

 この作品は2014年にドイツで発表以来、世界中で反響を呼んだが、制作には試行錯誤もあった。ゴッホが生前出した書簡の切手から、本人の唾液のDNAを採取しようと試みたこともある。「残念ながら子孫のDNAと一致しなかった。郵便局員が切手をなめたのかも」と苦笑する。

 とにかく、最先端のバイオ技術とアートを組み合わせた「ゴッホの耳」は、非常にデリケート。実物の展示は世界で3度目、日本では初公開という。

【ゴッホの「耳切り事件」】 1888年10月、ゴッホは敬愛する画家、ポール・ゴーギャンを南仏アルルに呼び寄せ、共同生活を始めた。しかし芸術上の意見の相違などから2人の関係は悪化。12月23日夜、精神疾患の発作を起こしたゴッホは、自分の左耳の一部をカミソリで切り取り、売春婦に手渡したとされる。翌日、瀕死(ひんし)の状態で警察に発見されたが、ゴッホ自身は事の一切を覚えていなかったという。耳を包帯で覆った痛々しい自画像も残している。

 「未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命-人は明日どう生きるのか」は国内外のアーティスト64組が参加。最先端のテクノロジーとその影響を受けて生まれたアート、デザイン、建築を通して近未来の社会や人間のあり方を再考する。来年3月29日まで、会期中無休。一般1800円。

 また、上野の森美術館(東京・上野公園)で開催中の「ゴッホ展」のチケットを提示すると、一般当日券が100円割引になる「ゴッホ割」も、来年1月13日、まで実施している。

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