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【ノーベル賞’19】吉野彰さん、ルーツは近江商人魂か

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ノーベル賞授賞式に臨む吉野彰・旭化成名誉フェロー(前列中央)=10日、ストックホルムのコンサートホール(代表撮影・共同)
ノーベル賞授賞式に臨む吉野彰・旭化成名誉フェロー(前列中央)=10日、ストックホルムのコンサートホール(代表撮影・共同)

 ノートパソコンやスマートフォンなどのIT機器に搭載され、私たちの生活を支えるリチウムイオン電池の開発で、ノーベル化学賞を受賞した吉野彰さん(71)。大阪府出身だが、そのルーツは近江国(おうみのくに、滋賀県)の商人だ。「社会に必要とされる技術」を粘り強く追い続け、偉業を成し遂げた背景には、江戸期以降に活躍した「近江商人」魂があるのかもしれない。(有年由貴子)

 先祖は江戸時代、現在の大津の辺りで商人をしていたらしい-。歴史好きの吉野さんが、自らのルーツを調べて導き出した結論だ。

 近江国は江戸~明治期に商才に秀でた近江商人らを輩出。天秤棒をかついで売り歩く行商にはじまり、各地に支店を構える大商人となって活躍した人も多い。総合商社の伊藤忠商事や丸紅など、現在も全国に多くの「近江商人系」企業が残る。

 近江商人の心構えとして知られるのが、「三方よし」の精神。「売り手よし」「買い手よし」だけでなく、取引を通じて地域や社会を良くする「世間よし」を重んじ、企業の社会貢献の重要性を説いた理念として注目されている。

 近江商人の特徴として、不屈の精神力を挙げるのは、東近江市近江商人博物館の学芸員、上平千恵さん(47)だ。「腰の低さに加え、商機ありと見れば入国が厳しい国でも百計を案じて入ろうと試みた逸話も残る。廃業の危機にひんしても、必ず再建させるたくましさを持ち合わせていた」

 近江商人に詳しい滋賀大の宇佐美英機名誉教授(68)は「常に社会が求めているものを見抜く眼力が鋭かった」と説明。厳密には近江商人は、近江に本店を構え全国で商売をしていたとの定義があるが、「近江商人でなくとも近江の人々は『他者を豊かにする』という理念を共有していただろう」と分析する。

 こうした近江商人の精神は、吉野さんが重視する研究者として必要な素質にも重なる。吉野さんが求める能力は「自分の研究が必要とされる未来が来るかどうかの先読み」。偉業を支えた自身の性格については、「柔軟性とあきらめない執着心がある」と振り返る。そうした姿勢のもとで開発したリチウムイオン電池は、市場で全く売れない時期が3年ほど続いたが、IT革命の夜明けとともに大きく花開いた。

 「実るほどこうべを垂れる稲穂かな」を座右の銘とする吉野さん。受賞決定後の産経新聞のインタビューでは「腰の低そうなところがあって、絶対に引かない。そういうところが近江商人と似てるでしょ」と分析してみせた。

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