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文化国家を世界に発信 各国要人と“ミニサミット” 中曽根康弘元首相死去

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第8回世界文化賞の受賞者会見に臨む中曽根康弘氏(右から2人目)、安藤忠雄氏(左から2人目)、アンジェイ・ワイダ氏(左から5人目)=平成8年10月24日
第8回世界文化賞の受賞者会見に臨む中曽根康弘氏(右から2人目)、安藤忠雄氏(左から2人目)、アンジェイ・ワイダ氏(左から5人目)=平成8年10月24日

 29日に101歳で亡くなった中曽根康弘元首相は戦後政治に大きな足跡を残すとともに、文化活動でも長年にわたり多大な貢献をしてきた。とりわけ世界の芸術文化の発展に貢献した芸術家を顕彰する「高松宮殿下記念世界文化賞」(主催・公益財団法人日本美術協会=総裁・常陸宮殿下)では、国境を越えた芸術の価値や重要性とともに文化国家・日本を発信し続けた。

 政界での激しい権力闘争に長年身を置いた中曽根さんは一方で、絵画をたしなみ、俳句を詠み、時にはシャンソンも歌う文化人でもあった。芸術全般に理解が深く、昭和63年には、明治期に創立された日本美術協会の会長に就任。同年の世界文化賞創設に大きく寄与した。平成元年の退任後、6年からは各国の元首相らで構成する国際顧問を25年にわたり務め、アジア地区の候補者推薦などを担当、芸術振興の一翼を担った。

 「中曽根さんに元仏大統領のシラクさん、元英首相のヒースさん、元西独首相のシュミットさんに元伊首相のファンファーニさん…。そうそうたるメンバーが侃々諤々(かんかんがくがく)の政治談議や文化談議を繰り広げ、まるでミニサミットのような光景が広がっていた」

 世界文化賞事務局の担当者は国際顧問会議での白熱した様子をこう振り返る。

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 中曽根さんの発言は一目置かれ、世界文化賞の羅針盤ともなった。

 クラシック音楽の受賞が主流だった音楽部門で、カナダのジャスピアニスト、オスカー・ピーターソンさんがジャズ分野から初めて選ばれた平成11年の世界文化賞。中曽根さんは当時の記者会見で「伝統的な古典音楽の壁を破った選考」と称え、型にとらわれない世界文化賞の在るべき姿と方向性を語っていた。

 昨年、世界文化賞30周年の節目を祝うメッセージでは芸術文化の持つ役割について、こう強調していた。

 「『政治は文化に奉仕する』とは私の持論ですが、芸術文化こそ国や民族を超えてわれわれ人類が共有する普遍的価値でもあります」

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 自ら芸術を愛した中曽根さんは多くの芸術家たちを魅了した。8年に世界文化賞(建築部門)を受賞した安藤忠雄さん(78)は同年に演劇・映像部門で受賞したポーランドの映画監督、アンジェイ・ワイダさんと食事会をしたときのエピソードが今も忘れられない。

 「その席で、中曽根さんは紙ナプキンに一筆書きで絵を描いて、『安藤くん、これはいずれ高くなるよ』と言って渡してくれた。強い意志と責任感を持った政治家で、世界文化賞の最終選考にもいつも来られるまじめな方が、こんな茶目っ気も持ち合わせておられました」

 日本美術協会副会長でデザイナーの森英恵さんは「世界の著名な方々との交流を通じ、文化国家・日本をアピールしてくださった。惜しい方を失い、とても残念です」と悼んだ。

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