PR

【欲望の美術史】宮下規久朗 「ラファエル前派の軌跡」展 英国らしい魅力ある自然描写

PR

アーサー・ヒューズ 「音楽会」1861-64年(c)National Museums Liverpool,Lady Lever Art Gallery,Port Sunlight
アーサー・ヒューズ 「音楽会」1861-64年(c)National Museums Liverpool,Lady Lever Art Gallery,Port Sunlight
その他の写真を見る(1/2枚)

 あべのハルカス美術館(大阪市阿倍野区)で「ラファエル前派の軌跡」展が開催されている(12月15日まで)。ラファエル前派はイギリスではじめての国民的な美術運動であった。

 イギリスは、地政学的に日本と比較しうる島国である。日本と同じように大陸との密接な関係によって文化を培ってきたが、日本とちがって長らく独自の美術を生み出すことはなく、つねに文化の周縁にとどまってきた。産業革命後は資本主義を発展させて国力を増大させ、政治経済的には世界の覇者になったにもかかわらず、美術においてはつねにライバル国フランスの後塵(こうじん)を拝していたのである。

 そんな中で19世紀初頭の風景画家ターナーとコンスタブルは、自然の崇高さや親密さを見事に表現し、ようやく他国に影響を与えうる美術を創造した。このターナーを熱烈に賛美したのが、評論家ジョン・ラスキンである。

 今回の展覧会は、ラスキンに焦点を当てた切り口となっている。ラスキンは、『近代画家論』に代表される美術批評と言動によって、ラファエル前派の精神的支柱となった。ラファエル前派の画家たちは、ラファエロを頂点とする古典の規範を重視するアカデミーの方針に反発し、それ以前の美術家の素朴で誠実な制作態度を目指して自然を観察し、同時代の風俗や英国の文学や伝説を題材とした。

 ロセッティ、ミレイ、ハントといった中心的な画家たちの周辺に、その影響を受けた若い画家たちもいた。その一人アーサー・ヒューズはロセッティの友人で小粒だが忘れがたい名作を遺(のこ)した愛すべき画家。今回の展覧会では、この画家の特質をよく示す作品が4点展示されている。

 「リュートのひび」は、テニスンの詩の一節に想を得て表現したもの。ひびの入ったリュートの響きが消えゆくのを女性がじっと聞いており、彼女の恋が終わりつつあることを示している。リュートの上に置かれたブルーベルの花やビロードの布地などが精妙に描写されており、詩句の内容を知らなくてもその抒情(じょじょう)性が伝わってくる。

 ロイヤルアカデミー展に出品され、作家ルイス・キャロルに称賛された「音楽会」にも同じリュートが登場する。女性の奏でる音色に耳を傾ける男性と二人の子供。彼らの衣装や背景の建築によって、舞台は中世であることが示される。

 このように、ラファエル前派は、美術を文学や音楽と結びつけようとした。しかしそのために、美術の純粋な造形性を追求した印象派以降のモダニズムの観点からは、時代遅れの芸術とみなされるのも否定できない。ときに甘美にすぎるように見えるが、明るく華麗な色彩や緻密な自然描写は清新で魅力的である。まさに自然と文学を愛するイギリスらしい芸術であるといえよう。(美術史家、神戸大大学院 人文学研究科教授)

この記事を共有する

おすすめ情報