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全国戦没者追悼式 最高齢参列者の内田ハルさん(97)「生きることは平和とともに」

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インタビューに答える最年長者の内田ハルさん=8月15日、東京都千代田区(早坂洋祐撮影)
インタビューに答える最年長者の内田ハルさん=8月15日、東京都千代田区(早坂洋祐撮影)
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 「戦争は、やっちゃいけない。私たちのような悲しい思いをする人が出ているわけだから。生きるということは平和でなければいけません」

 15日の全国戦没者追悼式に最高齢の97歳で参列した内田ハルさん=東京都八王子市=。毎年、この日を祈るような気持ちで迎えてきた。よみがえるのは、沖縄本島で36歳の時に戦死した元陸軍大尉の夫、憲司さんと過ごした日々だ。

 日米開戦直前の昭和16年10月。ハルさんの伯母が経営する下宿先に憲司さんが暮らしていた縁で、2人は結婚した。12歳年上の憲司さんは寡黙だけれど子供好きで、翌年には長女の忠子(ただこ)さん(76)が生まれた。しかし、家族水入らずで過ごせた時間はわずかだった。

 憲司さんは再召集を受け、千葉県内の部隊へ。出征の日が迫った頃、歩き始めたばかりの忠子さんを連れ、千葉県まで面会に行った。ところが、忠子さんは見慣れていない父の姿に「怖い」と言って近づこうとしない。今生の別れになるかもしれず、わが子を抱きしめたいのにかなわない…。そんな憲司さんの切ない胸の内が伝わってくるようだった。

 19年、憲司さんは沖縄へ。そのまま帰還はかなわず、20年6月に命を落とした。厳しい戦況下にもかかわらず、家族の生活を案じて送ってくれた手紙が手元に残っている。

 ハルさんは戦後、神奈川県の職員として四十数年間懸命に働き、忠子さんを育て上げた。夫に“会い”に行くかけがえのない時間として、追悼式には参列を続けてきた。この日も、4年前から式に同行しているひ孫の広沢駿さん(17)が付き添い、車いすを押してくれた。

 「戦地から帰ってきてくれていたら、夫婦としての語らいも生まれたかもしれないけれど…。後を託され、ひたすら働いてきた。私もよく頑張った」。静かにそう振り返り、夫の御霊(みたま)に思いをはせた。

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