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小説は「痛み」を解放する空間 タイ文学を代表する作家、ウティット・ヘーマムーンさんの「プラータナー」

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長編では初の邦訳刊行。「誇りに思う。日本の読者がどんな反応を示すかな?とよく考えています」
長編では初の邦訳刊行。「誇りに思う。日本の読者がどんな反応を示すかな?とよく考えています」

 現代のタイ文学を牽引する一人、ウティット・ヘーマムーンさん(44)の長編では初の邦訳『プラータナー 憑依(ひょうい)のポートレート』(福冨渉訳、河出書房新社)が刊行された。政治動乱に揺れる首都バンコクの風景に個人の歩みを重ねて描いた一編で、劇作家の岡田利規さんが手がけた演劇版が7日まで東京芸術劇場(東京都豊島区)で上演されている。来日した作家に創作の背景を聞いた。

 タイ中部で生まれたウティットさんはバンコクの芸術大を卒業し映画の批評にも携わった。ビジュアル・アーティストとして活躍する一方、生まれ故郷の土地の記憶を紡ぐ小説で評価を得てきた。本作では一転、主に1990年代からほぼ現在に至るバンコクを舞台に据えている。

 「一人の個人が抱く理想的な愛と、ほかの個人との関係、さらには政治との関係-。あの時代については自分自身が酸いも甘いもかみ分けている。バンコクという場所が、どう人々を動かすかをきちんと描きたかった」

 主人公は芸術の道を探究する男。恋人と愛し合っては離れていく彼の性愛遍歴が、軍事クーデターとその後の言論統制、流血を伴うデモといった衝突と対立の歴史を背景につづられる。日本と政情は違うが、90年代を彩る映画や音楽などのポップカルチャーや、痛切な別れを経験する主人公の内面には親近感もわく。

 題名〈プラータナー〉はタイ語で「欲望」を意味する。「人が何かを強く求めるとき、どんな方法を使うのか。手に入れたものをどうやって手元に置いておこうとするか。執筆はさまざまな状況における“欲望の表情”を調べるプロセスだった」と語る。政治闘争は欲望の発露そのものだが、恋愛での性行為も直接的な言葉で描写されているのが興味深い。「タイの文学では通常、性的なものは比喩などの上質な表現で描写される。つまり文学が汚いものを浄化してきれいにするプロセスになってしまっているわけです。この作品のように庶民が使う言葉を持ってくること自体が、タイの文壇的なもの、権力に対する挑戦になっている」

 大江健三郎さんらの日本文学に親しみ、本作が日本でも舞台化されたことに「自分の作品が全く新しい文脈の中で生まれ変わった」と喜ぶ。タイでは今年3月の総選挙の結果、軍が事実上政治に影響力を行使する構図が続きそうな雲行きとなっている。ただ、執筆中は自由を感じるとも話す。

 「今のタイ社会はいわば偽物の民主主義。それに対する怒りや絶望が自分の中にたまっていく。小説はそういう自分の痛みや抑圧感を解放できる空間なのだと思う」(海老沢類)

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