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【希少がんと共に生きる】男子高生の熱い思い 母が乳がん、そのとき彼は

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乳がんサバイバーの本藤克子さんと長男の幹己くん(左)=6月3日、東京都千代田区(鴨川一也撮影)
乳がんサバイバーの本藤克子さんと長男の幹己くん(左)=6月3日、東京都千代田区(鴨川一也撮影)
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 ここに「がん患者の親をもつ、思春期の子どもたちへのサポート活動計画書」と題した、4ページにわたる文書がある。作成者は東京都港区の高校3年、本藤幹己(ほんどう・もとき)くん(18)。そこにつづられた文章に、筆者(48)は心が揺さぶられた。

 「感受性が強かった私は、家庭の大黒柱であった母ががんを発症したことにかなりのショックを受けた。(中略)母が苦しむ姿を見る中、『自分が支えにならなければ』という考えが先行してストレスがたまり、心がすり減っていくことに気づかなかった」

×  ×  ×

 平成28年6月、中学3年のとき、母、克子さん(50)は乳がん(ステージ2)を告知された。

 「『手術をすれば大丈夫』とお医者さんはおっしゃっているから」

 克子さんは幹己くんにそう説明し、安心させようとしたが、黙ってしまった。体調を崩し、学校を2日間休んだ。あまりのショックで、このときの記憶は彼にはない。弟は当時小学6年生で中学受験を控えた大切な時期。克子さんは、弟の話し相手になってほしいと思っていたが、任せられる状態ではなかった。

 8月、左の乳房温存手術を受け、11月から抗がん剤治療を開始した。副作用に苦しむ母を見て、「料理とかやるから、寝てていいよ」といたわった。学校を休むこともあったが、すべては母のため。だが、善意であっても、母親としては、辛い様子を見せたくないという思いもあった。

 気持ちがすれ違う中、幹己くんは11月下旬~12月半ばまで約2週間、学校に行くことができなくなってしまった。当時の心境をこう語る。

 「『家のことをやらなきゃいけない』という思いは強くありました。その一方で、自分の気持ちの整理が全くできなくなり、軽い鬱になりました。家庭が崩壊しちゃうんじゃないかという思いもありました」

 なぜ、そんな精神状態に陥ってしまったのか。克子さんはこう代弁する。

 「登校したら普段通り笑顔を見せていると先生方には言われました。でも、彼の心の中では学校を楽しめない自分がいて、学校に行く気になれなくなったんです。周りの人たちと自分は違うという思いがあったようです」

 実は、乳がんに罹患(りかん)する約1年前、幹己くんはかわいがってもらった祖母を亡くしている。喪失感を抱いたまま、次は母のがんという、死を連想させる事態に直面したことは、相当なダメージとなって彼にのしかかった。

 幹己くんは母親の説明に「うんうん」とうなずきながら、こう言葉を続けた。

 「家での生活が非日常化したことによって、日常であったはずの学校生活とのギャップを強く感じるようになりました。自分が抱えていることを話す相手もいなくて、孤立していきました。周りとの比較を気にする年でしたから…」

 辛かったのは克子さんも同じだ。「次第に副作用でしんどくなっていったので、『誰か助けて。誰かこの子を見て』と思いながら過ごしていた」という。そんな中、ある小児科医の言葉が、幹己くんの心を少しずつ動かしていった。

 「君はいつもみんなのために考えて動いているんだね。でも、お母さんのことは病院に任せていいんだよ。自分の人生を生きなさい。友達と一緒に楽しめることや好きなことをしていいんだよ」

 克子さんも診てもらっていた、がん患者の心のケアを行う精神腫瘍科の医師からは「君はこれだけ経験しているんだから、将来この経験をプラスにできるし、君だからこそやれることがあるよ」と言われた。

 以前から申し込んでいた民間主催の中高生対象のキャンプで、初対面の相手と学校とは違う場所で交流したことも、気持ちを持ち直すきっかけとなった。

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 幹己くんが今取り組もうとしているサポート活動。親が闘病中で不安を抱えている子供や経験者が集う会の開催や、こうした子供たちがつながるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の展開などを計画している。一言でいえば、弱音をはき出し、受け止め合い、不安を共有する場の構築だ。

 7月にキックオフ・イベントを開催することを目指している。同世代の子供だけでなく、医療関係者や有識者、子供をもつがん患者の親など、多くの協力者を集めるために、日々奔走している。根底にあるのは、親が闘病中の子供たちを孤立させてはいけない、という強い思いだ。

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 小腸がん(ステージ4)の筆者には4歳の娘がいる。腹膜播種(はしゅ)のため根治はほぼ不可能といわれており、生涯にわたりがんと付き合わなければならない。娘には、理解できなくても普段から「パパはがんという病気なんだよ」と話しかけている。気づいたときには、父親の病状を自然に受け止めている状態であってほしいからだ。

 もちろん、これは願望であり、娘が思春期を迎えたとき、情緒不安定にならないともかぎらない。親ががんの思春期の子供たちを支援する団体はないものかと思っていただけに、彼の活動を知り、ぜひ応援したいと思った。幹己くんの連絡先は次の通り。

amairo.motok1@gmail.com

 頑張れ、幹己くん!

(政治部 坂井広志)

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