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【正木利和の審美眼を磨く】手袋を見れば、その人がわかる!?

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デンツのペッカリーグローブ。左のチャールズ皇太子の紋章が入った箱入りの手袋がコルクといわれる黄土色のタイプ
デンツのペッカリーグローブ。左のチャールズ皇太子の紋章が入った箱入りの手袋がコルクといわれる黄土色のタイプ

 この時期、少しずつ気候が温(ぬる)み始める感覚を、俗に三寒四温という。

 本来の中国大陸や朝鮮半島で用いられる意味とは異なるらしいのだが、春になってゆく感じがとてもうまく表されている言葉だと思う。

 しかし、春なお寒し。まだまだぎゅっと身を縮めたくなるような日がある。

 「手袋がほしい」と思うのは、そんな日だ。

 小学校のころは、だいたいの子供が毛糸の手袋をしているに違いない。

 けれど、カッコいい俳優たちが黒い革手袋をして活躍するアクションドラマや洋画などを見ているうちに、だんだん革手袋が欲しくなってくるのである。

 たまに、父親のぶかぶかのものを借りて着けてみた記憶のある人も多いに違いない。

 つまり、子供にとって、革手袋はおとなのあこがれのアイテムなのである。だから、自分専用の革手袋を手に入れたときはみな、おとなの階段を少し上った気分になったのではないか。

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 しかし、手袋というやつはよくなくなる。

 こんな経験はないだろうか。

 革製品といっても、さほど高いものはもっていない。だから、片一方なくしても「ま、いいか」と、新しいものを買う。しかし、もう片一方を捨てるのは、なんともしのびない…。

 個人的な話でいうと、ぞんざいに扱わないようにするためによい手袋を買おうと少し値の張るものを着けるようになって、失うことはとんとなくなった。

 しかし、困ったことに、そのころから手袋というアイテムが妙に気になり始めたのである。

 調べてみると、エルメスで10万円超え、などという品もあったが、さすがにもったいなくて、買ったところでたんすの肥やしになるばかりだ。

 せめて、その半分くらいで、良い品はないかと雑誌をくっていると、デンツという英国製品の評価が高いではないか。それも、ペッカリーという希少動物の革がいいらしい。

 ものというのは、こだわり始めると、なんとかして手に入れたくなる魔性のような性質をもっている。

 ところが、身につける革製品は、見つけたからといって性急に現物を買うのは禁物。靴で何度も痛い目にあった経験からいわせてもらうと、着用してサイズが合わないものは買わない、という強い意志をもたなければ、あとで泣くことになるのは必定だからである。

 その意味で、デンツのペッカリーグローブ探しは、意外な困難にぶちあたった。自分の手が小さくて、合う品になかなか当たらないという壁だ。

 「すみません。ケタを見間違えました…」

 昨冬のある百貨店のバーゲン会場。数年ごしで見つけた、手の胴回りがぴったりの赤いペッカリーグローブの会計をしてもらっているとき、レジの女性が驚いたような声をあげた。どうやら、こんな値段の手袋があるとは思ってもいなかったらしい。

 赤は存外、渋い上着やコートの差し色として使えるカラーだ。バーガンディーの靴をはくことも多いため、合わせると違和感はないし、使わないときには外套の胸ポケットに挿しておけば、忘れたりすることもない。見た目より柔らかく、思ったより断然軽い手袋は、寒い休日の主力になった。

 デンツは1777年創業の英国の名門メーカーで、いまなお職人の手作業によって30を超える工程を経て作られているのだという。もちろん、英国王室御用達の品。だから、ン万円を超える値段はいたしかたないところ。

 それに、手袋というのはわれわれが思っているよりずっと大切な男のアイテムのようである。ポール・キアーズの「英国紳士はお洒落(しゃれ)だ」のなかに、こんな一文が登場する。

 《手袋を見ればその人が紳士か否かすぐにわかる》

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 紳士と手袋といえば、思い浮かぶのは「決闘」だ。

 決闘は、男がメンツを守る手段として11世紀から20世紀初めまで行われたもので、プライドが傷つけられたと思えば、傷つけた相手の前に脱いだ手袋を投げることから始まる。

 それを相手が拾えば、決闘を受けたことになるし、たとえ拾われることがなかったとしても、投げた方は自分の誇りに命をかけたわけだから、その勇気を世間に知らしめることで、名誉は回復された。

 つまり、手袋はただの防寒具としてだけではなく、男のメンツをかける道具としても用いられた経緯があるため、紳士か否かをはかるアイテムとされたのである。

 それほどまでの名品ならばアイコニックなものをもっておきたいと思って、ついにこの冬、コルクと呼ばれる黄土色のものも取り寄せて買ってしまった。

 たかが手袋というなかれ。ツイードのコートの胸ポケットからのぞく黄色いデンツは、赤いものよりずっと華やかに映る。

 むろん、こんな良い手袋を気にくわないやつの前に投げるなんてことは、絶対にありえない。

 【プロフィル】正木利和(まさき・としかず) 産経新聞文化部編集委員。入社はいまはなき大阪新聞。産経新聞に異動となって社会部に配属。その後、運動部、文化部と渡り歩く。社会人になって30年強になるが、勤務地は大阪本社を離れたことがない。その間、薄給をやりくりしながら、書画骨董から洋服や靴、万年筆に時計など、メガネにかなったものを集めてきた。本欄は、さまざまな「モノ」にまつわるエピソード(うんちく)を中心に、「美」とは何かを考えながら、つづっていこうと思っている。乞うご期待。

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