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【石野伸子の読み直し浪花女】黒岩重吾どん底からの凝視(1)売春、やくざ、浮浪児…西成「飛田ホテル」実体験、覚悟の執筆

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晩年まで旺盛な執筆活動を続けた。黒岩重吾73歳
晩年まで旺盛な執筆活動を続けた。黒岩重吾73歳

 黒岩重吾(くろいわ・じゅうご)の復刊本が注目されている。ちくま文庫から相次いで出版された『飛田ホテル』と『西成山王ホテル』(ちくま文庫)。作家の原点となった「西成もの」の短編集だが、いまなぜ黒岩重吾なのか。「どん底」から世の中を凝視する作家のまなざしを軸に、膨大な作品をひもといてみよう。

 『飛田ホテル』は平成30(2018)年2月、筑摩書房から文庫で出版された( http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480434975/ )。これまで1万6千部が売れて4刷を重ね、好評に答える形で平成30年8月に『西成山王ホテル』が出た( http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480435378/ )。

 『飛田ホテル』は表題作を含む6点の短編を収録している。48年前に角川文庫で編まれたもので、いずれも昭和30年代半ば、作家デビューまもないころに書いたミステリータッチの作品だ。

 「月光アパートは、H線、飛田駅の近くにあった。壁の色も今は分らない程古び、玄関からはすえた匂いの漂う、侘しいホテルであった

 短編「飛田ホテル」はこう始まる。夜の女たちが多く住むためホテルの通称がついたといういわくつきのアパートに、刑務所から出所したばかりのやくざが帰ってくる。ところが部屋に妻の姿がない。突然消えた女の行方を探るうち、どん底のホテルに生きる男女の、捨て鉢の欲望と情愛が浮かび上がってくる。

 「ここは大阪のどんづまり」という本の帯コピーそのままに、界隈(かいわい)に生きる人々が、ときに陰々滅々の展開で、ときにエネルギッシュな生き方で描かれる。

 黒岩作品としては久しぶりの復刊。担当した編集部の高橋淳一さん(33)は、予想以上の反響に手応えを感じている。

 「人に教えられて最初は飛田というタイトルに引かれて読んだのですが、その昭和っぽいエネルギーに圧倒されました。貧困を抱える現代に訴える力があると思います」

 短編集『飛田ホテル』にはこのほか、「口なしの女たち」「隠花の露」「虹の十字架」「女蛭」など6編が収録されている。暗い影を背負った女たちが泥沼からはい上がろうと願いつつ、自縄自縛の運命にからみとられていく。

 大阪・西成区界隈に生きる人々を群像劇風に描く“ホテルもの”は作家お得意のジャンルで、続いて復刊された『西成山王ホテル』も同様の趣向でかつて連載したものを文庫化している。こちらは「湿った底に」「落葉の炎」「崖の花」など5編を収録。南海の平野線飛田駅などいまや失われた風景もあちこちに登場している。

 売春、やくざ、ポン引き、浮浪児。絵に描いたような「どん底生活」が空疎に流れないのは、作家の実体験がそこに生かされているからだろう。

 黒岩重吾は大正13(1924)年2月に大阪で生まれた。昭和36(1961)年に『背徳のメス』で直木賞を受賞して以来、社会派ミステリーの書き手として注目され、企業ものなど現代小説を数多く手掛けた。昭和40年代後半からは古代史への関心を深め、『天の川の太陽』(吉川英治文学賞)など古代史小説を数多く手がけ第一人者となった。平成15(2003)年、79歳で没。生涯多忙な作家生活を続けたが、その前半生は数奇な運命に彩られている。

 象徴的なのが昭和32年、半年余りを西成の安宿街で過ごした体験だろうか。黒岩にとっては文字通り「人生のどん底」だった。

 父親は発電所の電気技師、母親は熱心なクリスチャンという実直な中流家庭に育ち、同志社大学法学部に進んだが、学徒動員で旧満州に送られた。終戦時にはソビエト連邦(ソ連、現ロシア連邦)国境から命からがら引き揚げる体験もした。戦後いったん復学したものの学業に身が入らず、闇市や相場の世界で生計を立てた。

 そんな中、29歳のとき突然全身マヒの難病にかかる。昭和28年から31年まで足かけ4年の入院生活。その間には離婚、さらに相場の大失敗で大阪・堺市の実家や和歌山にある先祖の土地まで売り払う事態を引き起こした。

 やっと身体を動かせるようになり退院したものの、住む家を追い払う結果になった家族に会わせる顔がない。実家には帰れず、たどりついたのが西成だ。

 「私が釜ヶ崎に移り住んだのは、行くところがなく仕方なしに行ったので、好奇心ではない」(『飛田界隈と私』)

 「退院前に考えていたように釜ヶ崎に住むことにした。そこでは人の眼を気にしなくても良い」(自伝『生きてきた道』)

 後遺症が出る足をひきずり、1泊100円の4人部屋に潜り込む。そこは、作家として生きる覚悟を決めた場所となった。   =続く

     ◇

【プロフィル】石野伸子 産経新聞特別記者兼編集委員。生活面記者として長らく大阪の衣食住を取材。生活実感にもとづき自分の足と感性で発見したホンネコラムをつづるのを信条としている。

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