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【正木利和のスポカル】プレゼントの極意

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 クリスマスには親しい人同士が贈り物の交換をするならわしがある。

 それが、とんでもなく豪華になったのは、なつかしのバブル期であった。

 あのころは、キラキラ貴金属が飛び交う、いまからすればとてつもなくゴージャスな時代だった。

 しかし、ジャパニーズビジネスマンたちががむしゃらに働いたおかげでやってきた輝かしい時代も、そう長くは続かなかった。

 肉や魚を食べ散らかす狩猟民の時代があっけなく終わったあとは、じっと収穫物を蓄える農耕民族の時代がいつまでも続いている。

 しかし、それはそれでよい。

 クリスマスだって時代に応じてその身の丈で楽しめばいいのである。

 もちろん、プレゼントだって同様だ。結局のところ、贈り物に込めるのは、金額の多寡ではなく人の気持ちなのである。

 そう、あの短編小説の名手、オー・ヘンリーの「賢者の贈り物」のなかに描かれた、たがいの思いやりのような。

   □    □

 古来、人間は物を贈ったり贈られたりすることで相手との距離を縮めたり関係を深めようとしてきた。

 しかし、他人にそうした親愛の情を示すために何を選べばよいかを考えることは、極めて難しい作業といっていい。

 個人的な経験からいっても、それに悩んでは、失敗ばかり繰り返してきたような気がしてならない。

 実際、そうした贈り物をスマートにできる人は案外、少ないだろう。

 一歩間違えると、プレゼントには、相手の歓心を買おうとするいやらしさのようなものもこもってしまうからだ。

 それを、嫌みなくやってのけるためには、それ相当の人間の品格が必要とされるのではないか…。

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 この秋、大阪の阪急百貨店に、英国人デザイナーのジェフ・バンクス氏(75)がやってくる、というので、出かけていった。

 氏は20代でモッズファッションのセレクトショップをオープンしたのをきっかけに、自らのレーベルを立ち上げ、スーツから小物にいたるまで男性ファッションをクリエイトしてきた人物である。2005年のロンドン五輪の委員や選手らの硬式ウエアをオーダーメードで製作し、09年には大英帝国勲章を獲得している。

 実は3年前、すでにそのジェフさんにお会いしている。阪急メンズ館にあった『ジェフ・バンクス』ブランドが、うめだ本店に移設されるという話をファッション担当の女性記者が取材することになった。興味があったので、そのとき彼女に同行したのだった。

 彼女が取材している間、店にならんでいるネクタイをじっと見ていた。そのなかから渋いペーズリー柄の紺のタイを手にして胸にあてていると、取材を終えたジェフさんがやってきて「それよりこっちの方がお似合いです」と同じペーズリー柄の赤いネクタイをあわせてくれたのである。

 この店の最初の客になるのも一興じゃないかと、財布のなかのカードをさぐっていると、「これは、わたしからのプレゼントです」と、彼はすかさず自分のカードを取り出して決済してくれたのだった。

 そのころのコラムを調べてみると、こう書き記してあった。

 《好きな女性に選んでもらったものよりうれしいものがあるとしたら、こんな贈り物である》

 やはり、もう一度、きちんとそのお礼をしなければならない。

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 その日、ジェフさんの店には、あのときのペーズリー柄のネクタイを着けていった。ファッション談義のイベントを終えたばかりの彼は、ちょうどなじみのお客さんの帽子を選んでいるところだった。

 ひと段落ついたところで、3年前の日のことを話し、改めてお礼を言った。「このネクタイ、ジェフさんにプレゼントしていただいたものです。その節は、ほんとうにありがとうございました」

 すると…。

 「おお、ペーズリー。このペーズリーもなかなかいいでしょう? 」

 というが早いか、自分の着けているネクタイをはずし、胸に当ててくれたのである。「お似合いですよ。こちらもあなたにプレゼントします」

 実のところ、そのときまで、ちょっと迷っていたのである。あのときのお礼にこの店でスーツを作るかどうかを。しかし、ここまでされたら、もう降参するしかなくなってしまった。紺色の生地を選び、裏地もボタンもおまかせのジェフさん仕様のスーツを1着作ったのである。

 なーんだ、うまく乗せられただけじゃないか、といえばそれまでであろう。

 しかし、こんなに気持ちよく買い物をさせられた経験は、これまでで初めてのことだった。

 結局、3年あまりの時間をかけて、ジェフ・バンクスという達人から学んだのは、贈る者も贈られる者も同時に幸せにするプレゼントこそ最良のものである、という贈り物の極意だったのである。

 【プロフィル】正木利和(まさき・としかず) 産経新聞文化部編集委員。大阪新聞から産経新聞社会部、運動部、部長を経て現職。運動部歴25年目となった秋、念願かなって美術担当に。好きなものは以下の通り。富岡鉄斎の絵、ジャランスリワヤの靴、よく墨のおりる端渓硯(たんけいけん)、勇敢なボクサー、寡黙な長距離走者。当コラムはスポーツとカルチャーの話題を中心にすることからネーミング。おみしりおきを。 

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