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【話の肖像画】漫画家・矢口高雄(1)40年ぶりに「マタギ」問う

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漫画家・矢口高雄(1)40年ぶりに「マタギ」問う

話の肖像画更新
矢口高雄氏(酒巻俊介撮影) 1/1枚

 〈秋田県内陸部の狩り集団を描き、昭和50~51年に週刊漫画誌で連載された「マタギ」が今年10月、文庫の新装版(山と渓谷社)で出版。2カ月で1万7千部を発行した。飲食店でジビエが珍重される一方、地方では熊など獣による被害が相次ぐ現代に問う作品ともなっている〉

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 「釣りキチ三平」など、僕の一連の漫画は故郷・秋田県を中心とした自然と人とのつながりを描いています。ただ連載開始から40年以上もたつ作品があり、多くが絶版になった。寂しいけど、電子版では読めるし、これも時代の流れと思っていましたが、うれしいことに復刻されました。作品ではマタギと獣の知恵比べを描きました。主人公の三四郎は「釣りキチ三平」の三平の兄貴分、鮎川魚紳に近いクールさが人気なのかもしれないね。

 僕は貧しい村の農家に生まれました。釣りを教えてくれたのは近所に住むマタギ。村の若者にもらった手塚治虫の漫画にしびれて漫画家を志しました。ただ、中学では優等生で、村で初めて高校に行き、村で初めてエリートとされた銀行員になりました。「漫画家になりたい」とは言いにくかった。

 諦めきれず、漫画誌への投稿が採用されたのを機に、30歳で単身上京してプロデビューしました。妻子もいたのに「なぜそんなばかなことを」と言われたよ。

 「遅咲きの漫画家」が業界で生き残るには自分の得意分野を描くしかない。農村のドラマを描くことが唯一の手段に思えました。好きな釣りの話なら30~50話はいけると考え、「釣りキチ三平」が生まれた。11歳の三平は僕の分身です。48年から週刊誌で10年連載。その後、時間をおいて「平成版」「クラシック」と、さらに10年余り続きました。

 〈デビューから50年近くがたった〉

 もう新作は描いていません。5年前、45歳だった長女を病気で亡くし、同じころ僕に前立腺がんが見つかり手術。気力を失ってしまった。左肘を踏ん張って描いていたが、その肘がたるんで使い物にならない。「釣りキチ三平」の新作を、アフリカ・タンザニアの湖にいる幻の怪魚をモチーフに途中まで描いていましたが、これが僕の限界でした。

 連載していた40~50年代、平均睡眠時間は4時間、週に2日は徹夜。漫画以外のこともやってみたくなり、自動車教習所に通い免許を取った。その免許も先日、返納しました。故郷の生家は母が亡くなってから空き家だったのを昨年、解体した。「断捨離」だけど、老いのわびしさはあるね。