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【信州ワイド】「縁の瓦」60年の時を経て里帰り 薬師寺・東塔の解体修理で4年前に発見

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「縁の瓦」60年の時を経て里帰り 薬師寺・東塔の解体修理で4年前に発見

信州ワイド更新
薬師寺から「里帰り」した東塔の瓦。「長野縣長野北」と刻まれている 1/2枚

 長野県内の小中学校や高校の名前が刻まれた瓦が、世界遺産に登録されている薬師寺(奈良市)の国宝・東塔で4年前に見つかり、各校に「里帰り」した。瓦の寄贈は、終戦後間もない貧しさの中で行われたといい、当時の児童・生徒や保護者、教職員らが文化財の保護にどれほど心を砕いていたのかが思い返される。60年以上の時を経て、多くの人に感動を与えている。(太田浩信)

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 薬師寺の東塔は、約1300年前の創建時から残る、唯一の建造物として知られ、奈良時代の高い建築技術を現代に伝えている。平成21年から110年ぶりの大がかりな解体修理が行われており、修理の完了は、東京五輪の開幕直前となる平成32年5月ごろの見込みだ。瓦は解体の過程で一枚一枚、確認作業が行われた。

 25年5月には、屋根から下ろされた約3万3600枚の瓦のうち、学校や団体の名称が刻まれている約4800枚が見つかった。判読が困難な上、寄贈者の存在が確認できない瓦も多かったが、359枚には県内の学校名などが明確に刻まれていた。

 募金の記念に

 名称が刻まれた瓦に、県内の教職員らでつくる信濃教育会(長野市)があり、寺側の連絡を受けた同会が所蔵資料などを調査。その結果、昭和25年に行われた同寺の部分修理の際、奈良県国宝保存連盟や同県教育委員会などから県内の学校に募金を要請する趣意書が、同12月に届いていたことが分かった。瓦の学校名などは、募金した記念に刻まれたわけだ。

 趣意書では、修学旅行で訪れる県内の高校生らの見学態度や学ぶ姿勢をたたえ、他県ではなく真っ先に「募金の呼びかけをした」と記されていた。焼失した法隆寺金堂の修復の際、柱に木曽の木材が使われたことも、長野と奈良を結ぶ「縁(えにし)」として、募金を働きかけたことも書かれていた。

 教育会は26年1月、この趣意書に基づき各校に募金への協力を呼びかける文書を送付。これに応じた各校が自発的に募金活動を行った。当時の児童・生徒らに示された目標額は1人当たり小中学生が5円、高校生が10円、教職員は20円だった。

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  • 出席者を代表し、山田法胤元薬師寺貫主(右)から「縁の瓦」を手渡される増田正大鹿中学校長=11日、長野市の信濃教育会館