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【美の扉】京の町駆け巡るモダンアート 現代の琳派 木村英輝さん

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京の町駆け巡るモダンアート 現代の琳派 木村英輝さん

美の扉更新

 京都を拠点に、キャンバスではなくもっぱら市中の建物に壁画を描く絵師がいる。木村英輝(ひでき)さん(72)だ。大胆なデザインに金を配した派手な色合い、人をひき付ける装飾性などの作風は琳派に通じるとの声もある。今年は琳派誕生から400年。木村さんの作品を追った。(田中幸美)

 

 「ほおー」。襖の前に座った数人の観光客がため息をついた。目の前には、阿弥陀経で極楽浄土に咲くとされる赤、青、黄、白の蓮の花。木村さんが、京都市東山区の青蓮院に描いた60面の襖絵だ。古刹(こさつ)の落ち着いた襖に現代的でポップな絵がなぜかよく似合う。

 木村さんは、京都市立美術大(現在の京都市立芸術大)図案科を卒業後、母校の講師を経て、長くロックのイベントプロデューサーをしていた。日本初のロックイベントや米の反骨ロッカー、フランク・ザッパ公演などを手がけた敏腕プロデューサーだった。

 絵筆を握り始めたのは還暦を前にしてのことだ。キャンバスではなく、市中の建物や襖、屏風などを舞台に絵筆を振るう。「生きた絵を描きたい」。ここ十数年で京都市内を中心に150点以上を描いた。動物園には今にも壁から飛び出してきそうなゴリラを、中華料理店の天井にはおいしそうなエビを描いた。

 自由に描かれた大胆な構図、金で縁取りされた華やかな画面…。そんな木村さんこそ現代の「琳派」と推す声がある。

 琳派は、桃山時代後期に興った装飾性豊かな芸術様式。100年ごとに突然変異のように名絵師が現れ、受け継がれてきたといわれる。

 京都府立文化芸術会館館長の下田元美さん(66)は、木村さんの作品を「意匠化された動植物や大胆な配置、デフォルメと省略の妙。これは宗達らがたどりついた美意識と重なる」と指摘。「彼の生き方と画風を見る限り琳派を感じさせることは周知の事実」と話す。

 しかし、木村さん自身は「琳派のつもりでやってない」とそっけない。むしろ、琳派の象徴ともいえる金を配した商品を量産して、ビジネスに結びつけようとする風潮に辟易(へきえき)していたという。

 一方で好きな作家は、琳派を代表する絵師、俵屋宗達。時の為政者に保護され、お抱え絵師となっていた狩野派や土佐派などとは対照的に、宗達は町人に頼まれて扇子や小さな屏風に絵を描く町の絵師だった。そんなところも「カッコええなあ」という。

 木村さんが壁画絵師であることを決定づけたのが前述の青蓮院の襖絵だ。通常、寺院には岩絵の具と膠(にかわ)、漆など伝統的な画材を使った日本画が描かれることが多いが、現代的なアクリル絵の具を使用して完成させた。自身の特長「勢いと切れ味」を発揮するにはアクリル絵の具は欠かせない。「宗達や(伊藤)若冲(じゃくちゅう)が今の時代に生きていたらアクリル絵の具を使ったと思う」と、同寺の東伏見慈晃門主(もんす)を説き伏せた。

 「あわよくば天井まで届くように」襖一面に描くつもりだった。しかし、日本の寺では座る機会が多いので目線が不自然と指摘され、下部三分の一までに軌道修正。枯れてしなびた蓮を描こうとしたら、阿弥陀経では枯れることなく命は輪廻(りんね)すると説かれ、枯れた蓮はお蔵入りした。

 これには後日談があって、プロデューサー時代から付き合いのある女優の樹木希林さん(71)がそれを聞きつけて自宅の板戸を提供してくれた。四輪の青い蓮の花とつぼみ一つを描き加え、枯れた蓮はよみがえった。

 「琳派は日本初のポップアート」という。師弟関係や家系による継承はなく、時空を超えた私淑によって独自の芸術様式を断続的に継承してきた琳派の絵師たち。美術展に出展したり、額に入った絵を描くことをよしとせず、町中に絵の舞台を求める木村さんがその系譜に連なっていても不思議ではない。

「光悦村」400年 各地でイベント

 今年は俵屋宗達とともに琳派の始祖とされる本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)が、京都・鷹峯(たかがみね)に芸術家を集めた「光悦村」を開いてちょうど400年にあたる。また宗達の芸術的伝統を継ぎ、琳派の名のもとになった江戸中期の絵師・デザイナー、尾形光琳(こうりん)の300年忌でもある。メモリアルイヤーだけに、琳派関連の展覧会が各地で予定されている。

 もうすぐ始まるのが畠山記念館(東京)の「THE 琳派-極めつきの畠山コレクション」(17日~)と、日本橋三越本店(東京)の「岡田美術館所蔵 琳派名品展」(21日~)。

 そして、誰もが知る琳派の傑作といえば、光琳の「紅白梅図屏風」と「燕子花(かきつばた)図屏風」。この2大国宝を56年ぶりに一堂に鑑賞できる機会が、「燕子花と紅白梅」展(2月4日から静岡・MOA美術館、4月18日から東京・根津美術館)だ。内容は2館で異なり、MOAでは琳派の影響がうかがえる現代アートも紹介。根津では光琳のデザイン感覚に迫る内容という。

 もちろん琳派のふるさと、京都は街をあげて「琳派400年記念祭」を展開。京都国立博物館で10月に開かれる琳派の大型展がそのハイライトになりそうだが、他にも多彩な展覧会やイベントが行われる予定だ。

【用語解説】琳派 

 桃山時代後期に京都で興った芸術上の流派。書家で陶芸家の本阿弥光悦と俵屋宗達が創始者とされ、尾形光琳・乾山(けんざん)兄弟によって発展し、酒井抱一、鈴木其一によって江戸でも花開いた。家系や直接の子弟関係ではなく、時間も場所もかけ離れた芸術家の私淑によって継承されてきたのも特徴で、「琳派」という名称自体は近代以降に世に定着した。

 背景に金銀箔を使い、パターン化した形を繰り返すなど、デザイン性や装飾性に富んだ画風を生みだした。琳派の作品は19世紀半ば、欧州の万国博覧会へ出品されたことで、印象派の画家にも影響を与えた。