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【ソロモンの頭巾】シカ激増で止まぬ森林荒廃 生態系守護にオオカミの出番だ

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【ソロモンの頭巾】シカ激増で止まぬ森林荒廃 生態系守護にオオカミの出番だ

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 明治以降、日本の森林はこの20年来、5度目の危機にあるという。シカの過剰増殖による植生の食害で森林の荒廃が止まらないのだ。土壌浸食や表土流出が起きている地域もある。

 平成26年版の環境白書では「生物多様性のみならず国土保全上の懸念も生じています」と警鐘を鳴らしているほどだ。シカ害だけでなくイノシシやサルも中山間地で深刻な農業被害を発生させている。

 野生の反乱までを伴う「平成の森林危機」は、どうしてかくも深刻なものになったのか。

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 「食物連鎖には頂点捕食者が不可欠であるにもかかわらず、その常識を欠いたことによる帰結です」と東京農工大学名誉教授の丸山直樹さんは語る。

 この頂点捕食者とは、オオカミだ。丸山さんは2月に白水社から出版された『オオカミが日本を救う!』の編著者である。

 有史前から日本に生息していたオオカミは、明治時代の野生動物の乱獲とオオカミ駆除政策によって絶滅した。

 その後は、人間による狩猟圧が頂点捕食者の役割を代替していたのだが、近年の農山村の過疎化や高齢化によって狩猟者の数が減ったことなどで個体数調整の機能が消えてしまった。

 シカは消化力の強い反芻(はんすう)胃を持っている。群れを作って樹皮まで食べて木を枯らし、森林全体を衰退させる。他の鳥獣や昆虫類の生息の場までを根こそぎ奪うので、生態系の破壊力が大きいのだ。イノシシやサルもクマも農業被害をもたらすが、森林生態系の破壊にまでは至らない。

 ニホンジカの増え方は、すごい。平成2(1990)年ごろ50万頭だったが、現在は260万頭にまで増えていて、37(2025)年には、その2倍の500万頭になると推定されている。防護の柵やネットを張り巡らしても防ぎきれない。

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 丸山さんによると、その対策の切り札はオオカミだ。オオカミの天敵効果以上に有効な手段はないという。

 米国では駆除で絶滅していたイエローストーン国立公園に1996年ごろ、カナダからオオカミを再導入したところ、増えすぎていたエルクジカなどの草食動物の数が減り、他の動植物の回復が確認されている。

 オオカミ効果は、捕食だけでなくストレスによるシカの繁殖率低下にもつながるようだ。

 オオカミの再導入は、公園での絶滅から70年後のことで、貴重な先行実験例。丸山さんは1997年以来、定期的に同地を訪れ、7月中旬に5回目の調査から戻ったところだ。

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 日本では再導入に対しての慎重論が少なくない。オオカミが人を襲ったらどうするのか、という心配に基づく反対だ。

 「これは一番問題にならないことを問題視しているのです」と、丸山さんは説明する。野生のオオカミは人間を恐れて出合いを避ける。

 ニホンオオカミは固有種なので海外からの導入は不適切だ、とする意見もあったが、残っている骨などのDNA分析から海外と同じハイイロオオカミの仲間であったことが判明しているという。

 丸山さんは、シカの生態・保護・管理を専門とする研究者だが、ポーランドでの野生オオカミの目撃体験を機に、日本の自然保護にはオオカミの復活が欠かせないと考えるようになったという。5年後の1993年に日本オオカミ協会を設立した。 昨年のアンケートには1万5千人から回答が寄せられ、再導入反対14%に対し、賛成40%という結果を得ている。

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 シカ害に悩まされる地域ではオオカミによる生態系回復への関心度が高い。大分県豊後大野市では橋本祐輔市長が「シカが特産品のシイタケ栽培に使う原木の再生新芽を食べるので、産業も森林生態も成り立たなくなるのではないか」と憂慮するほどの食害を受けている。

 国会でも4月の衆院環境委員会で篠原孝議員(民主党)と百瀬智之議員(日本維新の会)が日本へのオオカミ再導入を促す質問を行った。両議員とも獣害の多い長野県の出身だ。

 丸山さんによるとカモシカもシカによって圧迫されているという。唐の詩人杜甫は「国破れて山河在り/城春にして草木深し」と詠んだが、草木が失われ、山河さえ危うくなりつつあるのが日本列島の現状だ。

 オオカミ再導入には“人食いオオカミ”という架空のリスクが障壁になっているという。

 まずは、オオカミを悪者視する「赤頭巾ちゃん症候群」の社会セラピーが必要らしい。(長辻象平)

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