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【佐世保フリーゲージ問題】(上)長崎新幹線 裏舞台を示す1枚の念書

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【佐世保フリーゲージ問題】(上)長崎新幹線 裏舞台を示す1枚の念書

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 九州新幹線西九州ルート(長崎新幹線)は、計画から39年を経て昨年8月に諫早-長崎間が着工した。この区間がフル規格になったのは、長崎県とJR九州が、現在の計画で在来線を使う新鳥栖-武雄温泉間を将来、フル規格路線に格上げし九州新幹線鹿児島ルートや山陽新幹線と直結させたいとの思いがあるからに違いない。ところが、長崎県佐世保市は佐世保から博多までのフリーゲージトレインの乗り入れを求めており、長崎新幹線全区間がフル規格になったとしても、武雄温泉以東にフリーゲージトレインが入り込むという奇妙なことになる。なぜ、こんなことになったのか。その裏には、長崎新幹線誘致をめぐる長崎、佐世保両市の激しい相克があった。

 九州新幹線西九州ルート(長崎新幹線)の未着工区間だった諫早-長崎間(21キロ)の起工式が行われた平成24年8月18日。JR長崎駅近くのホテルで盛大に祝賀会が開かれた。

 鏡割りでは、国土交通相(当時)の羽田雄一郎、長崎県知事の中村法道、JR九州社長の唐池恒二や長崎県議らだけでなく、来賓の鹿児島県議や福岡県議らも壇上に並んだ。ところが、佐世保市長の朝長則男ら長崎県北部の首長にお呼びはかからなかった。朝長は無言で会場を後にした。

 「県北の協力がなければ長崎新幹線の開通はなかった。長崎新幹線が建設に至った経緯をみなさんはお忘れか。そんな思いがこみ上げ、怒りというよりもいたたまれなくなったんです」

 朝長は途中退席の理由をこう説明するが、「いたたまれない思い」は、長崎新幹線の建設認可とルート選定をめぐる根深い対立を知らなければ理解できない。ことの発端は30年以上前にさかのぼる。

苦渋の決断だったのに

 佐世保市役所に大切に保管される1枚のコピー。日付は昭和53年5月26日。長崎県知事の久保勘一宛に、自民党幹事長の大平正芳、総務会長の中曽根康弘、政務調査会長の江崎真澄(肩書きはいずれも当時)が連名で署名した念書にはこう記されている。

 「新幹線の工事着工について 長崎新幹線の工事着工は、他の四路線に遅れないこととする」

 長崎新幹線は48年、佐世保付近を経由して終着駅を長崎とするルートで整備計画が策定されたが、石油危機後に政府は方針を転換し、凍結された。

 ところが、49年9月に日本初の原子力船「むつ」が放射能漏れ事故を起こし、政府は厳しい批判にさらされる。むつの受け入れ先がどこにも見つからない中、53年に佐世保市は佐世保港での受け入れと修理を表明。その見返りとして自民党は、九州新幹線鹿児島ルートや東北新幹線延伸などとともに長崎新幹線の優先着工を約束したのだった。

 「長崎新幹線の念書は佐世保市が苦渋の決断の末に勝ち取ったのに…」。朝長だけでなく佐世保市民にはこんな思いがなお残る。

分割民営化で一転

 昭和50年代後半、政府は再び公共投資拡大に舵を切る。国鉄は60年に佐世保市の早岐を通る長崎新幹線のルートを公表。佐世保市の悲願である佐世保ルートが今にも実現するかと思われた。

 ところが、国鉄分割民営化により事態は一転する。62年12月16日、国鉄から新たに誕生したJR九州は運輸省(当時)に1枚の報告書を提出した。

 「昭和68年開業を前提とすると、昭和75年で年間102億円の赤字となり収支改善効果は現れない」

 報告書には、佐世保ルートでは全額公費負担であっても大幅な赤字になるとの試算が記されていた。

 加えて佐賀県が、福岡・博多駅からの時間短縮効果が薄い上に、建設費や在来線の赤字を押しつけられかねないと消極姿勢に転じたこともあり、長崎新幹線の着工そのものの雲行きが怪しくなってきた。

 手詰まり感が広がる中、平成3年9月17日、佐賀県知事(当時)の井本勇は佐世保を経由しない短絡ルートを「独自案」として発表。10日後には長崎県知事(当時)の高田勇が佐世保市を訪れ、市長や市議会に長崎県としても短絡ルートを国やJR九州に要望していく考えを説明した。

 翌4年2月にはJR九州が「短絡ルートなら30年間の収支予測は578億円の黒字、佐世保ルートなら595億円の赤字」とする新たな試算を公表した。

県発展のために…

 「このままでは外堀を埋められてしまう」

 佐世保市は激しく抵抗した。政府や長崎県、JR九州に陳情を繰り返したが、色よい返答はなく、ついに市議団や住民は長崎県庁前で座り込みを実施した。

 市議として、はちまき姿で座り込みに加わった朝長は、当時のことを今でも鮮明に覚えている。

 「佐世保ルートは確立されたと思っていたのに急に変わることになった。残念というより、怒りの感情に近い。あの時の気持ちは忘れるはずありませんよ」

 だが、佐世保市を後押しする動きは広がらず、抵抗は長くは続かなかった。長崎県は平成4年11月25日、短絡ルートを地元案として決めた。同時に佐世保市への“配慮”として「佐世保市にも在来線を利用したスーパー特急を直通させる」という一文が添えられた。

 これを受け、12月5日、佐世保市長(当時)の桟(かけはし)熊獅(くまし)は「県土全体の発展のためやむを得ない」として佐世保ルートを断念し、短絡ルートを受け入れる県知事との共同声明を発表した。朝長は桟の思いをこう代弁する。

 「これも苦渋の決断でした。長崎県全体の発展のため、私たち県北の自治体は涙をのんだのです…」

(大森貴弘、文中敬称略)

◇  ◇

【用語解説】

長崎市と佐世保市

 県庁所在地の長崎市(人口44万3千人)と、県北の中心都市・佐世保市(同26万1千人)。それぞれ三菱重工業長崎造船所、佐世保重工業があり、ともに造船を主要産業とするが、平成22年の製造品出荷額は長崎市が5613億円、佐世保市は1468億円と差がついている。22年の国勢調査では、5年前の前回調査と比べ長崎市の人口は2.6%減、佐世保市は3.1%減だった。

フリーゲージトレイン

 車輪幅を変えることで、在来線のレール(幅1067ミリ)と新幹線のレール(幅1435ミリ)の両方を走ることができる列車。平成10年に試験車両が完成した。26年度から熊本-鹿児島中央間で試験走行が始まる。従来の車両より重く、レールや路盤への影響、高速カーブでの安定性など課題も多い。

九州新幹線西九州ルート

 通称・長崎新幹線。博多-新鳥栖(26キロ)を開業済みの鹿児島ルートで走行し、新鳥栖-武雄温泉(51キロ)は在来線を使用する。武雄温泉-長崎(66キロ)はフル規格新幹線で建設中。国内で初めてフリーゲージトレインの導入が予定されている。駅は博多から新鳥栖、佐賀、肥前山口、武雄温泉、嬉野温泉、新大村、諫早、長崎。

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