『怖い絵』シリーズの作家が読み解くイギリス王家 名画で知る繁栄、対立、転変

中野京子(三宅史郎撮影)(c)文藝春秋
中野京子(三宅史郎撮影)(c)文藝春秋
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 美しい名画が秘めた冷酷な現実や辛辣(しんらつ)な視点を解き明かし、読者の知的好奇心を刺激した美術書『怖い絵』。2017年に開かれた同名の展覧会も大好評を博した人気シリーズの作家、中野京子さんが、華麗かつスキャンダラスなイギリス王家の歴史に迫る。そんな心躍る邂逅(かいこう)を実現した近著『名画で読み解く イギリス王家12の物語』(光文社新書)が話題を呼んでいる。

 近代までに主な大国が君主制を廃止するなか、なぜイギリス王家は長きにわたって存続し、いまも輝き続けるのか。美術ファンのみならず、歴史好きや王室ウォッチャーも魅了する同書のキーワードを、中野さんの言葉とともに解説する。

女王時代の繁栄

 未婚を貫き「処女王」と呼ばれたエリザベス1世、植民地を獲得して海外発展の礎を築いたアン女王、諸国に血脈を広げて「ヨーロッパの祖母」のあだ名で知られたヴィクトリア女王。同書を読むと歴代の王や王妃よりも、女王の存在感が際立っていることが分かる。

 「私はか弱い女に過ぎないが、胸に秘めているのは英国王の心だ。皆と生死を共にしよう!」。代表格のエリザベス1世は1588年、海洋貿易を巡る争いに端を発するアルマダ海戦に臨む英海軍にこう檄(げき)を飛ばし、スペインの無敵艦隊に勝利した。嵐で敵が自滅したというのが真相だが、同書は「ツキを呼び寄せるのもこうしたカリスマ性」として記念の肖像画を紹介している。

 諸外国の王族からの求婚に曖昧な態度で、翻弄して戦争を予防するなど結婚を外交カードに使うしたたかさも併せ持ち、「突出した政治手腕が繁栄につながった」(中野さん)

 一方、人気や能力に関わらず、歴史の巡り合わせで焦点があたる女王もいた。1702年に即位したアン女王は世継ぎを生もうと努力するが、実らずアルコールに走ると、戴冠(たいかん)式でも肥満と通風で歩くのもままならなかった。同書は肖像画とともにこのエピソードを紹介している。

《アン女王》 Queen Anne by Sir Godfrey Kneller (c.1690) (c)National Portrait Gallery, London
《アン女王》 Queen Anne by Sir Godfrey Kneller (c.1690) (c)National Portrait Gallery, London
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 しかし、在位と重なる期間に、スペイン・ハプスブルク家の断絶で列強が王位を奪い合うスペイン継承戦争(1701~14)があり、英仏は北米植民地で激戦を展開。結果はフランスに王位を譲るが、代わりに海外領土を手に入れ、アン女王時代が帝国の第一歩となった。

 中野さんはイギリス王家の歴史を総括し、「歴代女王時代がもたらした繁栄と君臨すれども統治せずの成功」と評している。

親子の対立

 エリザベス1世で断絶したテューダー朝を引き継ぎ、1世紀余り続いたステュアート家もアン女王で終焉(しゅうえん)を迎えた。代わって1714年に王位に就いたのが、アンの祖父チャールズ1世の姉の孫にあたるハノーヴァー選帝侯ジョージ1世だ。いまのドイツ北部に位置する小都市の君主の兼務によってハノーヴァー朝がスタートする。

 ジョージ1世は英語をほぼ理解しないこともあって、国民に嫌われた。1年の大半をハノーヴァーで過ごし、イギリスは短期滞在で内政を臣下に任せっきり。結果、「君臨すれども統治せずのイギリス立憲君主制は、ジョージ1世の無能無関心が確立したもの、と言われるのはあながち違いではなかろう」(同書)。何が歴史を良い方向に導くかは分からない。

 このハノーヴァー朝、なかでもジョージが4代続く時代の特徴が王と王太子の“親子対立”だ。ジョージ1世は妻を死ぬまで幽閉し、息子は母と会う機会さえ与えられず反発。その2世は王太子を戴冠式にも参列させず、クリケット中の事故で亡くなると涙も見せなかったという。3世は先代と違って品行方正で、イギリス人の庭仕事を好み「農民ジョージ」の愛称で親しまれた。だが、息子の4世が英国国教会のプロテスタントと異なる、カトリックの未亡人と結婚したと分かって激怒した。

《ジョージ3世》King George III by Studio of Allan Ramsay, Based on a work of 1761-62 (c)National Portrait Gallery, London
《ジョージ3世》King George III by Studio of Allan Ramsay, Based on a work of 1761-62 (c)National Portrait Gallery, London
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 現代だったらゴシップ誌が喜んで取り上げそうなエピソード満載な”ジョージ王朝時代”は、「国王の権力は議会によってどんどん狭められ、果てしなく象徴となる過程で、イギリス自体は急速に成長」(同)した。同書が描く「君臨すれども統治せず」の裏側を知ると、高貴な言葉の響きと現実の乖離(かいり)に驚かされる。

王朝の転変

 これだけ親子や宗教の対立が起きても、イギリス王家が存続してきた理由はどこにあるのだろうか。中野さんは「現実主義」に答えがあると指摘する。

 これまで中野さんが『名画で読み解く』シリーズで取り上げたハプスブルク家、ブルボン王朝、ロマノフ家は1つの王朝だった。これに対し、イギリスはエリザベス1世の祖父ヘンリー7世以降、血脈は途絶えていないが、改名して5つの王朝をつくりあげた。

 象徴的なのが現ウィンザー王朝誕生の経緯だ。ハノーヴァー朝後、王家はヴィクトリア女王の夫が属したドイツ系の「サクス=コバーグ=ゴータ家」に引き継がれたが、第一次世界大戦(1914━18)で岐路に立つ。敵国ドイツへの憎悪が、ジョージ1世を祖とする外来王家にも向かう恐れがあった。

《ヴィクトリア女王》 Queen Victoria by Bertha Muller, after Heinrich von Angeli, 1900(1899) (c)National Portrait Gallery, London
《ヴィクトリア女王》 Queen Victoria by Bertha Muller, after Heinrich von Angeli, 1900(1899) (c)National Portrait Gallery, London
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開催中の「KING&QUEEN展」には、ヴィクトリア女王から続いたサクス=コバーグ=ゴータ家の王室名をウィンザー王朝に変更したジョージ5世(左)の肖像画が並ぶ
開催中の「KING&QUEEN展」には、ヴィクトリア女王から続いたサクス=コバーグ=ゴータ家の王室名をウィンザー王朝に変更したジョージ5世(左)の肖像画が並ぶ
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 これに対し、現女王エリザベス2世の祖父ジョージ5世(1910~36)は、ドイツ名をあっさりと捨てて、王家別邸の城に由来するウィンザー王朝に家名を変更した。中野さんは「ドイツと対峙(たいじ)する姿勢を国民に示すために家名まで変更する現実主義が、王家の存続につながった」と分析する。

 「王家が転変する度に途轍もない人物が生まれ、ドラマが生まれる」━同書が美術作品とともに描く歴史ドラマを鑑賞してはいかがだろうか。

※中野さんがナビゲーターを務め、『名画で読み解く イギリス王家12の物語』を公式参考図書とする展覧会が開催中!

「KING&QUEEN展━名画で読み解く 英国王室物語━」公式サイトはこちら

ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵 KING&QUEEN展

━名画で読み解く 英国王室物語━

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会場:上野の森美術館(東京都台東区上野公園1-2)
会期:2021年1月11日(月祝)まで ※会期中無休
開館時間:10:00~17:00(1月1日を除く金曜は~20:00)
入館料:一般1800円、高校・大学生1600円、小中学生1000円
    土日祝は一般2000円、高校・大学生1800円、小中学生1200円
    ※未就学児無料
※会場にて毎日10時より当日券を発売。
詳細は公式HP(www.kingandqueen.jp)へ。当日券情報は、公式HP及びTwitter(@kingqueen_info)で随時更新。入場前日17時まで各プレイガイドにて日時指定券の事前販売も行っている。
問合せ:03-5777-8600(全日8-22時) ハローダイヤル

【これを見ればわかる!「KING&QUEEN展」VTR公開中!】

提供:フジテレビジョン

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