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【樹木希林さん葬儀】是枝裕和監督「希林さんの存在は肉体を離れ、世界中に普遍化した」

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樹木希林さんの葬儀で映画監督の是枝裕和さんの弔辞を代読する俳優の橋爪功さん(右手前)=30日、東京都港区の光林寺
樹木希林さんの葬儀で映画監督の是枝裕和さんの弔辞を代読する俳優の橋爪功さん(右手前)=30日、東京都港区の光林寺

 女優、樹木希林さんの葬儀・告別式で、フランスで新作準備中の是枝裕和監督(56)の弔辞が俳優、橋爪功さん(77)によって代読された。樹木さんは是枝監督作品の常連であり、今年公開された「万引き家族」は、仏カンヌ国際映画祭で最高賞に輝いている。弔辞の主な内容は以下の通り。

■母を重ねて映画を作り、もう1人の母を失った

 希林さんと私とは20歳の年齢差がありますが、馬が合ったという感じがします。なぜ希林さんが私のことをひいきにしてくれたのかはよく分かりません。もしかすると、私がテレビ出身で、映画の世界に何ら師匠や頼れる先輩がを持っていなかったことがその理由の一つかもしれません。

 そんな孤児のような私をふびんに思い気にかけてくれた。映画が公開されるたびに客の入り具合を確認し、「次も撮れるわね。よかった、よかった」と心配してくれた。できの悪い息子を案ずる母からの電話は、最新作までずっと続きました。

 私にとってあなたとの時間はとても楽しいものでしたが、どこか人生の中で、母と過ごせなかった息子としての時間とその後悔を何とか取り戻したい、やり直したい、というかなわぬ思いを埋めようとしていたのかもしれません。

 口にはしませんでしたがそんな私の気持ちなど、観察眼の鋭い希林さんのことですから、お見通しだったのでしょうね。

 希林さんに母を重ねて映画を作り、希林さんと食事に行き、話すことで、私は私の母への喪の作業を少しずつ進めることができたのでしょう。今、その作業の途上でもう1人の母を失い、再び喪の作業を進めることになってしまいました。

■フットワークの軽さと“雑味”が魅力だった

 流れて、消えて、後に残らないテレビやコマーシャルの潔さは、おそらく何ものにも拘泥しない-というあなたの粋な哲学と、とても馬が合ったのではないでしょうか。

 2005(平成17)年以降、後に残る映画に仕事の中心を移され、ちょい役で独特の印象を残すというスタンスから主役も含め、作品を背負うような役割を引き受けるようになったこと。そこにどのような心境の変化があったのかを、私は直接お聞きすることはできませんでしたが、私もあなたのその変化を追いかけるようにして、映画の仕事を依頼させていただきました。

 しかし、もしかすると、私との出会いと作品作りがあなたの足取りや振る舞いから、その魅力である軽やかさを奪ってしまったのではないかと危惧したときもありました。でもそれはどうやら杞憂(きゆう)だったようです。

 「テレビの連続ドラマはもう体力がもたない」と言いながら、それでもワイドショーや花火大会の中継などに請われれば出続けた理由を尋ねたとき、「自分が芸能人として今の時代にどれだけ意味や価値があるのか試しているのよ」とあなたは答えられた。

 そんなフットワークの軽さと雑味をあえて捨てようとしないあなたの姿勢は、テレビ出身の私にとってはもう一つの大きな魅力として映りました。

■「もう、おばあちゃんのことは忘れなさい」

 昨年の春に「万引き家族」への出演を依頼したときは、まだ脚本ができあがっていなかったにもかかわらず、あっさりと引き受けてくれました。なかば断られることを覚悟していた私は、あなたの態度に安堵(あんど)と同時に不可解さを感じていたのです。

 撮影が終わり、3月30日に事務所を訪れたあなたから見せられたPET(陽電子放出断層撮影)の画像はがんの転移を示す黒い小さな点が全身の骨に広がっていました。あなたは「寿命は年内がめど」と告げられており、「だからあなたの作品に出るのはこれでおしまい!」と口にされた。

 そう遠くはないと分かっていた日があっという間にすぐそこに来てしまいました。言葉を失いました。映画はできあがり、6月4日に公開されました。

 希林さんはそこで私たち2人の関係をきっぱりと終わりにするつもりだったのでしょう。私の腕につかまりながらつえをついて(舞台挨拶の)壇上に上ったその日、あなたは別れ際、私にこう言いました。

 「もうおばあちゃんのことは忘れて、あなたはあなたの時間を若い人のために使いなさい。私はもう会わないからね」

■あなたはりんとした穏やかな美しさに包まれて

 そして、本当にその言葉通り、翌日からは私がいくらお茶にお誘いしても、かたくなに断られました。私はうろたえました。あなたほど覚悟はできていなかったのです。骨折をされて入院されたときも、会えないのを承知で私はあなたの自宅のポストに手紙を投函(とうかん)しにいきました。

 手紙は、直接伝え損なったあなたへの感謝の言葉を連ねた、独りよがりで、とても恥ずかしいものでした。そして、あなたはあっという間に旅立たれてしまった。その訃報に触れ、駆け付けたお通夜の席で、3カ月ぶりに会ったあなたはりんとした穏やかな美しさに包まれてしまいました。

 その姿を目にしたときにあなたが会おうとしなかったのは、私があなたを失うことを、そしてその悲しみを引きずり過ぎないための優しさだったのだと、私はようやく気づいたのです。

 でも、今回のお別れは、あなたという存在が肉体を離れ、あなたが世界中に普遍化されたのだ-と、そう受け止められる日が遺(のこ)された人々にいつか訪れる日が来ることを心から願っています。

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