モノづくり企業を変革する「Slack」の衝撃 組織の壁、階層越えるコミュニケーションの新潮流 意思決定速度「4倍」

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 人工知能(AI)やビッグデータなど産業の大転換期を迎え、生産性向上の波が押し寄せている。日本企業が得意とする製造現場の改善にとどまらず、膨大な報告や情報共有、長時間に及ぶ会議まで効率化の対象は拡大。モノづくり企業も新たな変革が求められるなか、ビジネスコラボレーションハブと銘打つITツール「Slack(スラック)」の採用が広がっている。1日の利用者が全世界で1200万人を超え、日本でも存在感を高めるスラックがもたらす衝撃の現場を取材した。

オープンに知恵を活用

武蔵精密工業植田工場のタブレット端末にはスラックの画面が映されていた
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 「生産異常 システム 稼働中」「品質異常 外観 稼働中」。愛知県豊橋市の自動車部品大手、武蔵精密工業。本社に隣接する植田工場内で、ギアの加工や熱処理を行う生産ラインの担当者からの報告が刻々とタブレット端末に表示されていた。

 稼働に支障のない細かな異常も、対象とラインの状態という最低限の情報を伝え、対応状況を「見える化」。この工場ごとの情報をリアルタイムで社内に共有しているのがスラックだ。ITソリューション部の清水佳代子部長は「どの程度の問題が起きているかをどこにいても把握できる。海外拠点に展開すれば支援に赴く代わりに、日本で動画を見て問題点に気付いた社員が助言することも可能になる」と効果を語る。

武蔵精密工業の清水佳代子ITソリューション部長
武蔵精密工業の清水佳代子ITソリューション部長
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 同社は1938年の創業から80年以上の歴史を誇り、主にギアやトランスミッションなど駆動系部品を製造・販売するモノづくり企業。世界14カ国33拠点を展開し、連結従業員数は1万6000人を超えるなか、社内にあふれる情報の共有・活用を進めるため導入したのがスラックだ。

武蔵精密工業は二輪車向けトランスミッションの世界シェア約30%を誇る
武蔵精密工業は二輪車向けトランスミッションの世界シェア約30%を誇る
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 スラックはテーマや部門別に「チャンネル」という会話の場を設け、参加者がチャット感覚で議論するので形式的なあいさつなどが不要。絵文字など直感的な表現も取り入れられるうえ、メールのように送信先を選ぶ手間も省け迅速な伝達、共有ができる。内容を社内に公開するパブリックチャンネルにすれば、部門を越えて参加者以外でも関心のあるテーマの流れが分かる。

 清水氏は「情報を同じ基準、同じタイミングで伝えることで迅速に課題が解決できる。オープンに知恵を活用でき、技術革新にもつながるツールとして選択した」と説明する。

追求型から探索型に

 2018年に本社社員全員を対象に導入し、「フラット、オープン、スピーディーなコミュニケーション」の考え方のもと、定型会議や承認・申請の時間を半減する目標を設定。社内のポータルサイトをスラックの発信に切り替え、部署別のチャンネルで情報共有を進めて会議の報告などを大幅に短縮した。

武蔵精密工業社内のヘルプチャンネルスクリーン
武蔵精密工業社内のヘルプチャンネルスクリーン
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 当初、開発段階の機密保持を重視してきたモノづくり企業特有の文化から活用に抵抗がある社員もいたという。これに対し、簡単な活用の指針を作成して浸透を後押し。例えば、パスワード忘れから機器の故障まで幅広い問い合わせのあるITソリューション部のヘルプデスクには専門チャンネルを設けた。問い合わせには緊急度に応じて「H(高)」「M(中)」「L(低)」の絵文字を付け、対応状況も色などで識別するようにした。結果、優先順位や状況が明確になり、電話が鳴りっぱなしだったという状態から脱却した。

 アプリケーション連携も進めている。スラックは2000以上の他社製アプリと連携しており、チャンネル内で一元的に操作できる。同社も生産管理や経費精算など社内に存在する複数のシステムとの連携を始めており、「承認などスラック上ですべてできれば作業が効率的になる」(清水氏)

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 これらの取り組みで部門別の約50から始まったチャンネル数は、いまではITと品質など部門の横断を含め200を超えるまでに増加。採用活動の中でも、学生から「スラックを使っているんですね」と話題が出るなど内外に認知が広がっている。ただ、自動車産業が電動化や自動運転など岐路を迎えるなか、同社の視線はさらに先にある。前田大執行役員(人事・IT統括)は「製造業は一つの技術を磨き、標準化し、効率化していく追求型だったが、これからは周辺産業も取り込み新たな価値を見いだす探索型に変わっていく。そのためにスラックでコミュニケーションから企業文化を変革していきたい」と語った。

武蔵精密工業の前田大 執行役員
武蔵精密工業の前田大 執行役員
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課長職を廃止

 実際、明治創業の老舗企業がスラック導入によって劇的に変貌した事例も誕生している。1886(明治19)年に金物商としてスタートしたカクイチ(長野県)は従来、電話やファクスを主な情報伝達の手段にしていたが、2018年10月にスラックを導入した成果として昨年6月に課長職を廃止した。

 田中離有社長は「組織の壁を壊し、体育館に集まって仕事するような形にしたかった。スラックが伝達を担うことで、管理職の役割が現場を観察し、判断することに変わった」と説明する。

カクイチの田中離有社長
カクイチの田中離有社長
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 カクイチは金物や建築資材卸、樹脂製ホースメーカーを経て、鉄鋼の加工業からいまの主力の倉庫・ガレージ事業に進出するなど時代に合わせて業態を転換。1973年に樹脂ホースの米国生産に踏み切り、80年代半ばには製造小売業に着手するなど先進的な取り組みを続けてきた。

 近年は、カクイチで販売したガレージや倉庫の屋根を活用した事業として、太陽光パネルを顧客の施設上に設置し、売電収入を得るなど新たなビジネスモデルを生み出している。さらなる革新を目指して、田中社長が着目したのがスラックだ。

130年以上の歴史をもつカクイチ
130年以上の歴史をもつカクイチ
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 導入後は部門別のチャンネルに続き、「社長のつぶやきチャンネル」をつくり自ら発信。入社式の新入社員向けのあいさつ文を載せた際は、パート社員も含めて約300件のレスポンスがあったという。以前は各営業所の所長らに紙で配られ、時間がたち熱が冷めた状態で、全体に伝わっているのかも不明だった。だが、スラックで情報が浸透し、「情報伝達の速度が2倍、意思決定の速度が2倍とすると全体で4倍の速さにはなっている」(田中社長)

「社長のつぶやきチャンネル」で社員とのコミュニケーションが活性化
「社長のつぶやきチャンネル」で社員とのコミュニケーションが活性化
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 さらに、カクイチは事業プラットフォームとしてのスラックの可能性も見いだしている。農家の生産性向上を目指す「アクアソリューション事業」は、ナノバブル水の発生装置を貸し出し、センサーで土壌中の水分や日射量、温度などを計測してデータを集約。個人経営の多い農家の情報を共有し解析することで、収穫増などにつなげる仕組みだ。

 現在は、カクイチの社員がデータを集約しているが、将来的に専門のチャンネルをつくり各農家が自ら書き込むオープンなプラットフォームを検討している。田中社長は「スラックへの書き込みそのものがビッグデータになり、解析すれば面白い技術革新が起きる」と期待する。

 日本生産性本部によると、経済開発協力機構(OECD)のデータをもとにした日本の時間当たり労働生産性は主要7カ国(G7)で最下位が続いている。一方で、武蔵精密工業やカクイチなどがスラック導入で成果を上げたように、モノづくり企業は伸びしろが大きい。日本の産業の未来はコミュニケーションにいかに向き合うかが鍵を握りそうだ。

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「生産性の高い業務へのシフトを後押し」

 Slack Japanカントリー・マネジャーの佐々木聖治氏に日本での展開などについて聞いた。

 ━━2017年11月の日本語版リリースから急速に普及した

 「英語版のみのときから、国内でもスラックの可能性を理解する人たちに、口コミで広がっていた。働き方改革や生産性の低さへの対策、ダイバーシティー(多様性)の加速で、ちょうどコミュニケーションの在り方に変化を求められていたタイミングでもあった。いまでは日間アクティブユーザー(利用者)数が100万を超え、米国に次ぐ世界第2位。日々の業務で使う人が着実に増えている」

 ━━スラックは「ビジネスコラボレーションハブ」と銘打っている。ほかのツールとの違いは

 「チャンネル内で情報共有するのが大きな特徴の一つ。メールは送受信者しか内容が分からないが、チャンネルはオープンで情報もテーマ別に整理されているので、情報共有の速度が上がる。また、2000以上の企業向けアプリケーションと連携でき、直感的に操作できる。情報共有のみならず、業務の短縮や集約も担えると思う」

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 ━━日本企業にはどんな価値を提供するか

 「業種や組織の大小にかかわらず、部門の壁や階層の違いがコミュニケーションの課題になっている部分があると思う。顧客企業には新しいモノを生み出そうとしても、部門の壁で知恵を集結できないという意見もある。スラックでコミュニケーションの速度を上げれば、生産性の高い業務へのシフトを後押しできる」

 ━━スラックはコアバリュー(企業理念)の一つに「クラフトマンシップ(匠の精神)」を掲げている

 「創業者がゲームを開発していて、日本企業とも交流があった。そこで日本人の働き方やデザイン性へのこだわりなどを身をもって知った。スラックの使いやすさや、細部へのこだわりは匠の精神に通じるところがあると考えている」

 ━━今後の展開は

 「当初はITサービスやエンジニアが使うイメージがあったが、いま世界の利用者の3分の2が非エンジニア。金融や製造業など業種を問わず広がっているので、より企業に浸透し、不可欠な存在になりたい。また、拡大しているM&A(合併・買収)のプレーヤー などにもスラックの利用企業が多い。コミュニケーションの土台が一つならば、迅速に組織改革や事業領域の拡大に対応できるので、日本企業の海外展開にも貢献できる可能性は高まると考えている」

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 《ささき・せいじ》米ワシントン大卒。米サクセスファクターズ日本法人社長や、SAPジャパンの人事人財ソリューション事業統括本部長などを経て2018年2月から現職。

提供:Slack Japan

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