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【終戦の日に】論説委員長・乾正人 憲法改正こそ平和への道

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 ■戦争の惨禍を繰り返さぬために

 あの日から74年の歳月が流れた。昭和はすでに遠く、平成も終わり、令和の御代を迎えた。

 終戦当時、16歳だった若者も卒寿(90歳)を迎え、戦争体験者は、日を追って少なくなっている。

 それほどの長い、長い時間が過ぎても8月15日が近づくと、なぜかアジア全体にさざ波が立つ。

 ことに今年は、さざ波どころか荒波が打ち寄せている。

 日韓関係はかつてないほど悪化し、ロシアは北方領土を返還するそぶりすら見せず、香港では若者たちが、自由を求めて立ち上がった。

 中でも日韓関係の悪化は、「8・15」を抜きには語れない。

 文在寅政権は、「韓国は戦勝国だ」といったフェイクヒストリー(嘘の歴史)に基づき、昭和40年に結ばれた日韓基本条約を無視して、慰安婦や「徴用工」問題で、日本人をいらだたせる政策を次から次へと繰り出している。

 韓国を「ホワイト国」から除外するという日本の当たり前の措置でさえ、「報復措置」だと過剰反応した文政権中枢が、日本製品不買運動を主導するという常軌を逸した振る舞いをしたのはご存じの通り。

 香港情勢も緊迫の度を増している。現地からの情報によると、香港に近い深センに重武装の部隊が集結しており、第二の天安門事件が起きる懸念が日増しに高まっている。

 もうひとつ忘れてならないのは、北朝鮮の動向だ。トランプ大統領の「お墨付き」発言によって金正恩朝鮮労働党委員長は、短距離弾道ミサイルの発射実験を繰り返している。この短距離ミサイルの射程は九州にも及ぶ。米朝交渉引き延ばしを図る北朝鮮が、自ら核兵器を放棄する可能性はゼロに近い。

 文大統領が金正恩氏にすり寄って近い将来、朝鮮半島が統一されれば、「核兵器を保有した巨大な反日国家」がすぐ隣に出現するという悪夢が現実のものとなる。

 戦後74年にわたって日本が平和を享受できたのは、奇跡に近い。令和の時代もそうあってほしい、と願うばかりだが、願ってばかりでは平和は維持できない。

 長年にわたって日本の平和と安全に大きく寄与してきた日米安保体制に、米大統領自らが疑問を呈し続けているのを軽くみないことだ。

 「日本は米軍にただ乗りしている」というトランプ氏の主張は、日米同盟関係を担っている実務者からみれば、噴飯モノだが、一般の米国人には受け入れられやすい。現実問題としてもトランプ氏が、北朝鮮の短距離弾道ミサイル実験を容認したことは、日米安保体制に綻(ほころ)びを生じさせた。

 好むと好まざるとにかかわらず、日米安保条約に寄りかかった「一本足打法」を見直さざるを得ない厳しい時代がやってきたのである。

 では、どうすればいいのか?

 中国の傘下に入り、香港のような境遇になればいいのか。

 はたまたEUのように東アジア共同体をつくって集団安保の道を探るのか。前者はまっぴら御免だし、後者は日韓関係の現状をみてもまず無理だ。

 まずは、自分の国は自分で守る、という理念を憲法に規定することが最も大切だ、と私は考えている。

 そんなの当たり前じゃないか、と考える人は健全である。

 現憲法は前文で、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と日本の安全保障政策の原則を規定している。つまり、日米安保体制に依存するいまの安保政策は極めて「護憲」的なのである。

 しかし、「平和を愛する諸国民」とはどこの国の国民だろうか。原爆を投下した米国なのか。原子力巡航ミサイルを開発中のロシアだろうか。はたまた覇権主義を隠そうとしない中国か。韓国、北朝鮮でないのは言うまでもない。

 ありもしない諸国民の「公正と信義」に依存した安保政策の矛盾は、すでに露呈している。

 さきの大戦で、日本は空襲や原爆で亡くなった一般市民を含めて310万人もの尊い命を失った。こうした悲劇を、二度と繰り返さぬためにも憲法を改め、安全保障体制の再構築に今すぐ着手せねばならない。

 自らの身は自らが守る、という精神があってこその日米同盟であり、そこからアジア全体に平和への道が開けるはずだ。

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