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【主張】月着陸から50年 有人探査に積極的貢献を

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 アポロ11号の月着陸から50年になる。

 1969年7月、ニール・アームストロング船長が人類最初の一歩を月面にしるした。米東部夏時間の20日午後10時56分、日本時間では21日午前11時56分だった。

 「1人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」

 科学技術はこの半世紀に飛躍的に進展したが、地球以外の天体に足跡を残した人類は、アポロ計画の12人の飛行士だけである。

 今、人類は再び月を目指し、米国はその先に有人火星探査も見据えている。月・火星探査や有人活動に日本が深くかかわることになるのは間違いない。

 人類初の月着陸の偉業を振り返りながら、宇宙開発や惑星探査、有人活動の意義を考えたい。

 50~60年代、米国は当時のソ連と熾烈(しれつ)な宇宙開発競争を繰り広げた。人工衛星の打ち上げ(57年)、有人宇宙飛行(61年)でソ連に先を越された米国が放った起死回生の一打が、アポロ計画での月着陸だった。

 米ソの冷戦終結後、米国とロシアは国際宇宙ステーション(ISS)計画で協力関係に転じた。日本は物資輸送や実験棟「きぼう」の建設、運用などでISS計画の一翼を担い、有人宇宙活動の経験と実績を積んできた。

 有人活動の主舞台が月、火星に移行しても、国際協力の枠組みは不可欠である。

 一方で、中国は独自に月探査計画を進め、月の裏側への無人機着陸を成功させた。宇宙開発に軍事力や国威を誇示する側面があることは、半世紀前と変わらない。

 日本は2021年度に無人の月面着陸機を打ち上げ、半径100メートル以内の高精度の着陸技術を実証する計画だ。「日本ならでは」の存在感を示してもらいたい。

 小惑星探査機「はやぶさ2」が2度の着陸に成功した。無人探査で世界を牽引(けんいん)する日本の技術力を有人探査に生かしたい。独自の有人宇宙船開発についても本格的な議論を進める必要がある。

 「私たちは全人類の平和のうちにやってきた」と、今も月面に残るアポロ11号の着陸船「イーグル」に設置されたプレートには記されている。

 人が宇宙に行くことには国の利害を超越した意義がある。日本は積極的に貢献すべきである。

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