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【主張】仁徳陵が世界遺産 国の成り立ち考える機に

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 日本最大の前方後円墳「仁徳天皇陵古墳」(大山(だいせん)古墳)を含む大阪府南部の「百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群」の世界文化遺産登録が確実になった。令和への御代替わりで皇室の歴史に国民の関心が高まる中での朗報である。

 天皇や皇族が葬られた陵墓の登録は初めてだ。日本という国の成り立ちを考え、広く陵墓や古墳に親しむきっかけにしたい。

 国連教育科学文化機関(ユネスコ)諮問機関のイコモスが勧告した。6月末からアゼルバイジャンの首都、バクーで開かれるユネスコ世界遺産委員会の審査で、登録の可否が決まる。

 古墳群は4世紀後半から5世紀後半までに築造された49基で構成される。天皇中心の中央集権国家が築かれた7~8世紀の飛鳥時代に先立ち、日本という国の成り立ちを知る鍵となる時代だ。広域の豪族による連合政権から、初期国家が形作られていく過程を示すと考えられる。

 当時、大陸との航路の発着点となっていた大阪湾を望む場所に築かれていた。巨大な前方後円墳を中小の古墳が取り囲む雄大な眺めは、訪れた外国の人々の目を引いたことだろう。日本の技術力や文化を示すものでもあった。

 最も大きい堺市の仁徳陵は、墳丘の長さ486メートルと世界最大級の墳墓だ。規模の大小のほか、方形、帆立て貝形など形状も多様で「傑出した古墳時代の埋葬の伝統と社会政治的構造を証明している」とその価値が高く評価された。十余年にわたる地元の努力の結果だが、当初の87基から保存状態のよい古墳に数を絞り込んだことが功を奏したかたちだ。

 世界遺産への登録には新たな課題もある。49基のうち29基は歴代天皇や皇后、皇族の陵墓として宮内庁が管理する。従来「静安と尊厳が必要」として立ち入りも厳しく制限されてきた。連綿と続く皇室の「祖先の墓」として今も祭祀(さいし)が行われており、尊厳は守らなければならない。

 一方で、現状維持が強く求められるだけに、修復のための調査も必要だ。都市開発との共存や景観保全という問題もある。双方のバランスを図ることが重要だ。

 昨年、初めて宮内庁と堺市が共同で仁徳陵の発掘調査を行った。陵墓の静謐(せいひつ)を守りながら、国民的な議論を深めていかなくてはならない。

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